私が小学生だった頃の話だ。当時、学校の通学路には一本だけ古いトンネルがあった。町のはずれにあって、昭和初期に造られたらしい。昼間でも暗くてじめじめしていて、地元の子どもたちの間では「幽霊が出る」と噂されていた。
ある雨の日、学校帰りにそのトンネルを通ることになった。傘を差してトンネルに入ると、中はひんやりとしていて、雨音が壁に反響している。不気味だったが、家に早く帰りたくて足早に歩いていた。
トンネルの半分ほど進んだところで、向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。赤い傘を差した人影だ。薄暗いトンネルの中で、その赤い傘だけがやけに目立っていた。
すれ違う時、傘の向こうから女性の顔が少しだけ見えた。顔は白く、髪は肩まで垂れている。どこか無表情で、目が合ったような気がしたが、すぐにすれ違った。
その瞬間、背後から声がした。
「その傘、返して」
思わず足を止め、振り返った。しかし、誰もいない。赤い傘の女性は、もう見えなくなっていた。雨の音だけがトンネル内に響いている。
怖くなって家に駆け込んだが、気になって母にその話をした。母は「赤い傘?」と不思議そうな顔をした後、ぽつりと呟いた。
「昔、このトンネルで事故があったの。確か、雨の日に赤い傘を持った女の人が巻き込まれたって聞いたわ」
その後、赤い傘のことは忘れるようにしていたが、ある日の帰り道、再び雨が降ってきた。私は学校に傘を忘れてしまい、走って帰るしかなかった。
そして、またあのトンネルを通ることになった。雨のせいか、トンネルの中はより暗く、空気が冷たい。半ばを過ぎたあたりで、ふと足元に違和感を覚えた。
見ると、そこには赤い傘が落ちていた。古びてボロボロになっているが、間違いなくあの日見た傘だ。
手に取るべきではない、そう思ったが、なぜか体が勝手に動き、私はその傘を拾ってしまった。傘を開いた瞬間、視界が真っ赤に染まり、頭の中に女性の声が響いた。
「返して……」
気がつくと、私は家の玄関の前にいた。手には赤い傘が握られている。そのまま傘をゴミ箱に捨てたが、次の日、玄関先にまた赤い傘が置かれていた。
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