とまった時計

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高校を卒業したばかりの頃、私は祖母が残した古い家に一人で住むことになった。親が海外赴任で家を空けるためだったが、古びた日本家屋に一人で住むのは少し心細かった。

家の中には昭和時代そのままの家具や道具が残されていた。その中で特に目を引いたのが、大きな振り子時計だった。玄関の横に飾られたその時計は、祖母が生きていた頃に毎日巻き上げていたものらしい。今は止まったまま、静かにその場に佇んでいる。

家の整理をしながら、私は何となくその時計を触った。試しに振り子を軽く動かすと、意外にも簡単にカチカチと動き出した。けれど、気味の悪いことに、ちょうど振り子が動き始めた瞬間、家中の空気が変わった気がした。

最初の異変に気づいたのは、その夜だった。布団に入ってから、どこかで「カチ、カチ」と音がする。時計の振り子の音だろうと気にせず眠ろうとしたが、音がだんだん大きくなる気がする。

耳を澄ますと、時計の音だけではなかった。振り子の音に混じって、畳を軋ませるような足音が聞こえてきたのだ。家には私しかいないはずだ。恐る恐る廊下を覗いてみたが、誰もいない。振り子時計は静かに動き続けていた。

「気のせいだ」と自分に言い聞かせて布団に戻った。

翌朝、時計の下に何かが落ちているのを見つけた。それは古い写真だった。黄ばんだ写真の中には、見知らぬ男女が数人写っている。祖母の若い頃の写真だろうか。その場では特に気にせず、また写真をしまった。

しかし、その日の夜もまた足音が聞こえた。今度はもっとはっきりしている。振り子の音と一緒に、廊下を行ったり来たりするような足音が続く。

たまらなくなり、電気をつけたまま玄関の時計を見に行った。時計はまだ動いていたが、ふと振り子に目をやると、そこにはなぜか誰かの手の跡のようなものが付いていた。埃で汚れていたはずの振り子が、まるで誰かが触ったかのように曇っていたのだ。

ゾッとしながら、私は時計を止めることにした。振り子をそっと手で止めると、「カチカチ」という音がぴたりとやんだ。足音もその瞬間、聞こえなくなった。

それ以降、時計を動かすことはなかった。ただ、不思議なことに、ある日を境に時計のガラスが曇るようになった。そしてその曇りの中に、まるで何かの顔の輪郭のような影が浮かび上がるのだ。

私はもうその時計を見ないようにしているが、引っ越すまで玄関の横で動かないままのその時計は、何かをじっと待っているように見えた。

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