あれは、私がまだ大学生の頃、都会の古いアパートに住んでいた時の話だ。建物はかなり年季が入っていて、壁も薄く、夜になると小さな物音がよく響いていた。特に、天井裏を何かが走る音。明らかにネズミだろうと分かっていたが、気にしないようにしていた。
ある晩、レポートの締め切りが近づいていて、夜遅くまで机に向かっていた。静かな夜だったが、いつものように天井裏で何かが動く音が聞こえ始めた。最初は気にしていなかったが、その音が次第に大きくなり、何かが重たいものを引きずっているような響きに変わってきた。
「ネズミにしては大きすぎるな…」と不安になり、天井に耳を近づけて聞いてみた。すると、奇妙なことに気づいた。走る音や引きずる音だけではなく、低い、何かの声が混じっていた。まるで、小さな集団が何かを話しているような、ぶつぶつとした音だった。
さすがに気味が悪くなり、寝ようと思って電気を消した瞬間、天井の音が止んだ。ホッとしたのも束の間、今度は部屋の隅、壁の向こう側からかすかに何かがこすれる音が聞こえてきた。
不安になり、音がする方向に近づいてみた。すると、壁に小さな穴が開いているのに気がついた。明らかにネズミが作った巣穴のようだ。だが、その穴からは、普通のネズミの動きとは思えない、何か異様な気配が感じられた。
恐る恐る穴をのぞいてみると、そこには、まるで儀式のような光景が広がっていた。数匹のネズミたちが集まり、何かを囲んでいた。そして、その中心には、何かが横たわっていた。暗がりでよく見えなかったが、よく目を凝らしてみると、それは動物――いや、人間のように見えた。
驚いて後ずさりしようとしたが、その時、ネズミたちの動きが一斉に止まった。そして、一匹のネズミがこちらを振り向き、私と目が合った。
その瞬間、恐怖が全身を駆け巡った。ネズミの目には、異様な光が宿っていた。まるで私を見ているのではなく、私を次の「儀式」に引き込もうとしているかのようだった。
私は急いで部屋を飛び出し、その夜は戻ることができなかった。後日、大家に相談したが、「あの建物は昔からおかしなことが多い」とだけ言われた。結局、その部屋を引き払ったが、あの穴の向こうで何が行われていたのか、今でもわからない。
ただ、一つだけ確かなのは――ネズミたちの儀式の中心にいた「それ」は、食われていた。いや、もしかすると、今もどこかで食われ続けているのかもしれない。
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