誰も知らない黒い影

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あれは、秋の始まり頃のことだった。仕事で地方に出張していて、現地の小さな村に滞在していたときの話だ。村は山に囲まれ、静かで穏やかな場所だったが、夜になると急に冷え込み、霧が山から降りてきて村全体を覆うような感じだった。

その日は仕事が早めに終わり、夕方のうちに宿へ戻ることができた。せっかくだから周囲を散策しようと思い、村の外れにある山道を歩いていた。すると、ふと目の前を何かが横切った。小さな影が一瞬で通り過ぎたのだ。よく見ると、それは一匹の猿だった。

猿は、何かに追われているかのように、恐ろしい勢いで走っていた。普段のんびりとした猿しか見たことがなかったので、その異様な姿に驚いた。あまりにも速く、まるで命からがら逃げているようだった。何から逃げているのかが気になり、猿が走っていった方向に目をやると、そこで私は奇妙な光景を目にした。

遠くの木々の間から、うねるような黒い影が見えた。最初は、霧が立ち込めているのかと思ったが、霧にしては動きがあまりにも速く、不自然だった。それはどんどん私の方に近づいてきた。どう説明すればいいかわからないが、その黒い影には何か人ならざる存在のようなものを感じた。

猿はその影を避けるように、必死で逃げていたのだ。だが、その猿の動きすら追いつけない速さで、黒い影は迫ってきていた。

私は慌てて引き返そうとしたが、足がすくんで動けなかった。何かが私をその場に縛りつけるような感覚がして、ただ立ちすくんでしまった。猿の逃げる姿が頭の中で繰り返し浮かび、私も同じように何かから逃げなければならないという本能的な恐怖に駆られた。

やっとのことで足を動かし始め、来た道を全力で駆け戻った。背後からは、あの黒い影が近づいてくる気配がどんどん強くなっていた。もう振り返る余裕なんてなかった。ただ、逃げ続けるしかなかった。

宿にたどり着くと、すぐにドアを閉め、息を整えた。外は相変わらず静まり返っていたが、あの黒い影がどこかに潜んでいるような気がして、気が気でなかった。

次の日、村の住人にあの猿のことを話すと、彼らは一様に顔を曇らせ、口を閉ざした。どうやら、その猿が逃げていたのは、昔からこの地に伝わる「何か」からだったらしいが、それが何なのか、結局誰も知らなかった。

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