子供の頃、毎年夏になると、友達と一緒にカブトムシを捕りに行くのが楽しみだった。大人になってからは、そんなこともなくなっていたけど、数年前、ふと懐かしくなって、実家近くの山へ一人で行ってみることにしたんだ。
その日はちょうど蒸し暑い夕方で、セミの声が響き渡る中、僕はカブトムシが集まりそうな木を探していた。懐中電灯を手に、木の幹を照らしてみると、運よく大きなカブトムシが蜜を吸っているのを見つけた。懐かしい気持ちでいっぱいになり、慎重に手を伸ばして捕まえたんだ。
カブトムシは、手のひらの中で重みを感じさせ、足をじたばたと動かしていた。それを見て、子供の頃に戻ったような気がして少し嬉しかった。捕まえたカブトムシを虫かごに入れ、その場で一息ついた。
その時だった。ふいに背後から「カリカリ…」という、何かが木を引っ掻くような音が聞こえてきた。
僕は少し驚いて振り返った。そこには何もない。ただ、静かに風が吹き抜けるだけだった。でも、その音は確かに聞こえていた。まるで、誰かが木の幹を引っ掻くか、何かが木を登っているような音だった。
不気味に思いながらも、もう一度周囲を確認してみたが、何も異常はなかった。僕は気のせいだと思い、再び歩き始めた。しかし、またすぐに「カリ…カリ…」という音が、今度はさらに近くで聞こえてきた。
怖くなって、懐中電灯で周囲を照らしてみたが、相変わらず何も見当たらない。ただ、音だけが確実に鳴り続けていた。
まさか…カブトムシが鳴いているのか?
そんなはずはない、カブトムシは鳴かないはずだ。しかし、その音があまりにも近く、そしてしつこく聞こえる。気味が悪くなり、僕は虫かごをじっと見つめた。
そして気づいた。かごの中で、捕まえたカブトムシがまるで何かに怯えるかのように、異様な動きをしていたんだ。足をばたつかせ、何かから逃れようとしているように見えた。そしてその瞬間、かごから再び「カリ…カリ…」という音が響き渡った。
慌ててかごを開け、中のカブトムシを放してみた。カブトムシはすぐに飛び立っていったが、あの音は止まらなかった。まるでカブトムシではなく、何か「見えないもの」が僕のすぐ近くで木を引っ掻いているように感じた。
恐ろしくなり、僕は一目散にその場を離れた。後ろを振り返ることなく家に帰ったが、家に戻ってからも、その「カリカリ」という音が耳から離れなかった。
それ以来、僕はあの山には近づかないようにしている。カブトムシが捕まえられなくなったというわけではなく、あの音と、何かが僕をじっと見つめていたような感覚が、今でも忘れられないからだ。
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