なぜ食べない

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ある夏の夜、僕の友人であるK君が、田舎の親戚の家に泊まりに行った時の話です。K君の親戚の家は古い民家で、周りは畑と山しかない、静かな場所でした。その日は親戚一同が集まって、食事を楽しんでいたそうです。

夜も更け、家族がそれぞれ寝る準備をし始めた頃、K君は少しだけ疲れて縁側に出て、涼しい風に当たっていました。そこで一人、ぼんやりと星を見上げていると、ふと背後から誰かの気配を感じたんです。

振り返ると、見知らぬ老婆がそこに立っていました。白髪で、小さく縮こまった体、古びた和服を着ています。K君は一瞬、親戚の誰かかと思いましたが、顔を見ても誰なのか全くわかりません。K君は「誰だろう?」と思いながらも、特に怖がることなく、そのまま様子を見ていました。

老婆は無言でK君をじっと見つめ、ゆっくりと口を開きました。

「なぜ食べないの?」

その言葉に、K君は驚きました。「え?」と聞き返しましたが、老婆はそのままじっと立っているだけで、また同じことを繰り返しました。

「なぜ食べないの?」

K君は何を言われているのか全く理解できませんでした。「食べないって、何をですか?」と聞こうとしましたが、言葉がうまく出てこない。それに気づくと、老婆がゆっくりと近づいてきたんです。顔は無表情で、目はどこか虚ろ。まるで魂が抜けたかのような、そんな感じでした。

再び、老婆が囁くように言いました。

「なぜ、食べないの……?」

K君はその瞬間、背筋に冷たいものが走りました。直感的に「この人は普通じゃない」と思ったんです。立ち上がってその場を離れようとしましたが、体が動かない。老婆はさらに近づき、彼の目の前にまで来て、また囁きます。

「食べなきゃダメだよ……なぜ食べないの……?」

その言葉の意味がわからないまま、K君はただその老婆を見つめ続けました。すると突然、老婆がすっと姿を消したんです。まるで影が消えるように、そこには誰もいなくなりました。

翌日、K君はそのことを親戚に話しました。すると、親戚の一人が顔を曇らせてこう言いました。

「ああ、その人はたぶん、うちの曾祖母だよ。昔、よく同じことを言ってたんだ。食べ物を残すと怒ってね。最後まできちんと食べないと、夜に夢枕に立って、『なぜ食べないの』って問いかけるって噂があったんだ。」

K君はその話を聞いて驚きましたが、確かにその晩、彼は食事の後にちょっとだけご飯を残していたことを思い出しました。

それ以来、K君はどんなにお腹がいっぱいでも、決して食べ物を残さないようにしているそうです。

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