大学生時代、夏休みを利用して友人の実家に遊びに行ったときのことでした。友人の実家は田舎の古い家で、広い庭に面した縁側がありました。周りには田んぼや山が広がっていて、都会の喧騒とは無縁の、のどかで静かな場所でした。
その日は夕方、友人と一緒に縁側でのんびりと過ごしていました。夏の涼しい風が心地よく、遠くでは虫の声が聞こえます。夕日が落ちて、空が少しずつ薄暗くなっていく中、僕たちは何も話さず、ただ静かに時間を過ごしていました。
ふと、友人がぼそっと言いました。
「この縁側、変なことがたまにあるんだよ。」
僕は「変なことって?」と軽く聞き返しましたが、友人は曖昧に笑うだけで、はっきりとした答えをしませんでした。それが何となく気味が悪かったんですが、その日はそれ以上気にせず、夜になると寝ることにしました。
その夜、僕は一人で縁側に出ました。夜の庭は真っ暗で、風の音と遠くの虫の鳴き声しか聞こえませんでした。静かな夜だったんですが、どこか異様な静けさを感じました。あまりに静かすぎるんです。何かが足りないような、そんな感じ。
僕は庭をぼんやり眺めていましたが、急に視線を感じました。
縁側の先、庭の暗がりの中、誰かが立っているように見えたんです。
それは人影のようでしたが、妙にぼんやりとしていて、輪郭がはっきりしない。じっとこちらを見つめているように感じましたが、よく見ようと目を凝らしても、はっきりとは見えません。けれど、確かに何かがそこにいる。
僕は恐怖で動けなくなり、そのまま縁側に座り込んでしまいました。すると、その「何か」が、ゆっくりとこちらに近づいてくる気配がしました。音は何も聞こえません。ただ、静けさの中で、その存在だけが近づいてくる感覚があるんです。
「やばい、これはまずい……」
心の中でそう思い、僕は何とかして体を動かそうとしましたが、足がすくんで動けない。何も言えず、ただその場に座ったまま、冷たい汗が背中を流れていきました。
その時、ふと耳を澄ますと、庭の奥から何か囁くような声が聞こえた気がしました。
「静かだ……静かだ……」
僕は背筋が凍りつき、もうこれ以上ここにはいられないと思って部屋に飛び込みました。その後、友人にそのことを話すと、彼は静かにうなずきました。
「やっぱり見ちゃったんだな。でも、悪いことはしないから放っておいてるんだ」
僕はそれ以来、友人の家には泊まらないようにしました。
恐ろしい体験をしたはずなのに、あのことを思い出す度に、どうしてだか心が静まりかえるのです。
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