講義が終わった後、教授の頼みで、僕はレポートの提出物を整理していました。キャンパスは広いんですが、その日は特に静かで、夜になるとほとんど人気がなくなります。講義室のある棟は一際古くて、昼間でも少し薄暗い雰囲気があります。古い蛍光灯がかすかにチカチカと光る、そんな感じの建物です。
その日は期末が近いこともあって、いつもより遅くまで作業をしていたんです。講義室のドアを開けたまま、机の上で提出されたレポートをチェックしていると、廊下の奥の方から誰かが歩いてくる音がしました。
「こんな時間に誰だろう?」と思ったんですが、特に気にせず作業を続けていました。すると、ふと視線を感じたんです。
講義室の外を見ると、廊下の端に誰かが立っているのが目に入りました。最初は遠くてよく見えなかったんですが、どうやら全身が黄色い服を着た人物のようでした。帽子も黄色、コートも黄色で、まるで全身が真っ黄色な人。
ただ、なぜかその姿が異様だったんです。普通なら、遠くから人が立っていたら顔や手が見えるはずですが、その人は顔がぼんやりとしていて、何も見えないんです。ただの黄色い塊がそこに立っている感じ。
「あれ?」と思って目を凝らして見るんですが、どうにもはっきりと見えない。しかも、その黄色い人はじっとこちらを見ているように感じるんです。
なんだか不気味だな、と感じていましたが、特に声もかけずにまたレポートに目を戻しました。でも、気になってもう一度顔を上げると、その黄色い人が、少しずつこちらに近づいてきているんです。
ゆっくりと、確実に。
そのとき、背筋にぞくっと寒気が走りました。普通の人間なら、ただ立っているだけでこんな異様な感じはしないはずです。でも、その黄色い人は、何か普通ではない気配をまとっていました。僕は動けなくなって、ただじっとその人を見つめていました。
黄色い人が、さらに近づいてきます。今度は講義室の入り口から数メートルのところに立ち、はっきりとこちらを見ているのがわかりました。だけど、やっぱり顔がぼんやりとしていて、輪郭がはっきりしない。僕は思わず椅子から立ち上がり、ドアに向かって「何かご用ですか?」と声をかけました。
しかし、その瞬間、その黄色い人がふっと消えてしまったんです。
ただの幻覚だったのか、何かの錯覚かと思いましたが、その直後、背後の窓に何かが映り込んでいるのが目に入りました。振り向くと、窓ガラスの向こう側に、さっきの黄色い人がじっとこちらを見つめているんです。
それも、ガラスのすぐそばに顔を押し付けるように。
僕は慌ててレポートを掴んで、その場から逃げ出しました。後から聞いた話では、あの講義室で、昔学生が自殺したことがあったそうです。その学生が着ていたのが、黄色いコートだったと言います。
コメント