山道の呼び声

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ある晩のことです。仕事が一段落して、僕は久しぶりに田舎の実家へ帰ることにしました。実家は山あいの小さな村にあり、子供のころは何度も遊び回った場所ですが、社会に出てからはほとんど足を運んでいませんでした。そういった事情もあって、なんとなく気分転換がしたくなったんでしょうね。夜遅くの車で、僕はのんびりと山道を走っていました。

その山道というのは、昔から何かと噂が絶えない場所なんです。「夜遅くになると、人を呼ぶ声が聞こえる」とか「足音が追いかけてくる」とかね。でも僕は、そんなのは単なる迷信だろうって、ずっと気にしなかったんです。

その日も、深夜の山道は静かで、外は真っ暗。遠くにポツリポツリと外灯が灯っているだけです。僕は窓を少し開けて、涼しい山の風を感じながら運転していました。

すると、不意に「おい……」と、かすかな声が聞こえたんです。

最初は気のせいかと思いました。エンジン音や風の音が混ざっただけだろうと。でも、次のカーブを曲がったところで、また「おい……」って。

今度は確かに聞こえました。はっきりと、人の声なんです。僕はハンドルを握りながら、思わず辺りを見回しましたが、車のライトが照らす先には何も見えません。もちろん、人影も。

「まさか」と思いながらも、心のどこかで少し不安が募ってきました。でも、そのまま無視して車を進めました。すると、今度は背後から足音が聞こえてくるんです。

「ザッ……ザッ……ザッ……」

はっきりとした足音が、僕の車を追いかけるように響いています。「おい……」という声もだんだん近づいてくるような感じがして、心臓がバクバクと鳴り始めました。何かがおかしい、そう思いました。

とにかく早くこの道を抜けたい。僕は急いでアクセルを踏み込みました。

けれど、いくら車のスピードを上げても、足音は止まりません。それどころか、追いかけてくる速さも増しているように感じました。僕は背筋に冷たい汗が流れるのを感じ、必死に前だけを見てハンドルを握りしめました。

そして、ふとバックミラーを見た瞬間、背中が凍りつきました。ミラーの中に、何かが立っているんです。髪が乱れた、黒い影のようなものが、僕をじっと見つめていました。

その瞬間、僕は本能的に「これは見ちゃいけない」と思い、目をそらしてしまいました。心の中ではパニックになりかけていましたが、ただひたすら車を走らせ続けました。

ようやく村の明かりが見えたとき、ふっと足音が消えたんです。それでも、しばらくは心臓がバクバクして、体が震えていました。家に着いても、しばらくは動けずに車の中で座り込んでいました。

その後、村の人にその話をすると、みんな口を揃えて「ああ、それはあの山道の声だよ」と言うんです。昔から、深夜にあの道を通ると、呼ばれるんだそうです。返事をすると、どこかへ連れて行かれるってね。

僕はその夜、なんとか返事をしないで済んだのが幸いだったのかもしれません。

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