田舎道

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夕方、ふとした気まぐれで、私は昔住んでいた田舎の道を歩いてみようと思い立った。薄暮が迫る時間帯で、空はまだかすかに赤みを帯びていたが、あたりはもうすでに静まり返り、まばらな農家の灯りが遠くに見えるだけだった。

その道は、かつて毎日のように通っていたものだ。古い舗装が剥がれかけて、ところどころに雑草が伸びている。遠くで風が木々の葉を揺らす音が聞こえるだけで、どこからともなく漂ってくる土と草の匂いが懐かしかった。小さい頃、よくこの道を自転車で走って、夕食の呼び声を背に、汗だくで家に帰っていたのを思い出す。

しばらく歩いていると、足元に何か妙なものがあることに気づいた。道の端に、死んだ虫がいくつも転がっていたのだ。形が崩れたもの、潰れたもの、乾いたもの。何匹も何匹も、まるで誰かがそこに集めたかのように並んでいる。そういえば、昔もこの道にはよく死んだ虫が落ちていたのを思い出した。

何かが、記憶の底をかすめるように戻ってくる。あの時も、確か夕方だった。

小学生の頃、友人とふざけながら帰る途中で、私たちはこの道の端にあった虫たちに気づいた。好奇心旺盛な年頃の私たちは、その場にしゃがみ込んで、虫を突いて遊んだものだった。しかし、その中に一つ、形が明らかに違うものが混じっていた。友人の一人がそれに気づき、何気なく言った。

「これ、虫じゃないよ。手だよ。」

ふざけた冗談だと、その時はみんなで笑い飛ばした。だが、妙なことにその「手」は、まるで人間の手のように小さく、乾ききっていた。私たちは怖くなり、足早に家に帰った。だが、それ以上のことは何もなかった――はずだ。今まで、その出来事は記憶の片隅に押しやられていた。

その日、私は家に戻り、特に気にも留めなかったが、夜になると奇妙な夢を見た。夢の中で、あの田舎道を一人歩いていた。薄暗い道の両脇には、無数の虫の死骸が積み上げられ、風が吹くたびに、それらがガサガサと音を立てて動いた。そして、足元からひょろりと白い手が伸びてくるのだ。その手は、私の足を掴もうとしている。

目が覚めた時、部屋は静まり返り、ただ虫の音が遠くから聞こえていた。夢のことは忘れようとしたが、それ以来、その道を通るたびに胸の中に不安が残るようになった。

今、この田舎道を再び歩くと、あの時の感覚が蘇ってくる。足元に広がる無数の虫の死骸、その中にあった「手」。まさか、あれは本当に存在していたのだろうか?

ふと、冷たい風が吹いてきた。思わず顔を上げると、前方に見慣れない人影が立っている。夕闇の中でぼんやりと揺れるその姿は、こちらに向かって何かを訴えかけているように見えた。

「――帰れ。」

それが私の耳に届いた瞬間、背筋に寒気が走った。声ははっきりしていないが、意味は明確だった。私はその場に立ち尽くし、もう一度足元に目を落とした。そこには、今朝見たばかりの虫の死骸が、まるで道しるべのように並んでいた。

急に、あの時の「手」の感触が、足元で微かに動いた気がした。

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