これは、俺が学生時代にアルバイトをしていた喫茶店で起こった話なんだ。夏の暑い日だったし、アイスコーヒーがよく売れていて、店内はエアコンが効いていても何となくじっとりしていた。
その日、昼過ぎに常連らしきお客さんが店に入ってきた。少し年配の男性で、いつも無表情で、無駄な話を一切しない人だった。彼は毎回同じメニューを頼む――アイスコーヒーだ。特に変わったこともなく、注文を受けて、いつものように彼の席にアイスコーヒーを運んだ。
でも、ふと気づいたことがあったんだ。いつもより氷が妙に大きいように見えたんだ。普段はそんなこと気にしないんだけど、やけにその氷が目に入ったんだよ。透き通っていて、妙にツルツルしている感じで、まるでガラスの塊みたいに見えた。
俺はその時は特に気にしなかったけど、少しして異変に気づいた。彼がコーヒーを飲み終わっても、グラスの中の氷が全然溶けていないんだ。普通なら、エアコンが効いていても氷は多少は溶けるだろ?でもその氷は、まるで時間が止まっているかのように、全く溶ける様子がなかった。
「変だな……」と思いながらも、仕事に戻ったんだ。
その後、彼はまた来店して、また同じようにアイスコーヒーを注文する。だけど、そのたびに、彼が飲むコーヒーの氷は一向に溶けない。しかも、彼が来る日には、いつも決まってこの「溶けない氷」がグラスの中に現れるんだ。まるで、その氷が彼のために特別に存在しているかのように。
最初は偶然だと思ってたけど、ある日、彼が帰った後、俺はどうしても気になって、その「溶けない氷」を手に取ってみたんだ。すると、驚いたことに、それは普通の氷よりもずっと冷たく、手に触れた瞬間、まるで冷気が吸い込まれるような感覚があった。だけど、驚いたことに、手に触れても全然溶けないんだよ。むしろ、触れた瞬間、氷が固まったように感じた。
何かおかしい。これは普通の氷じゃない。
その後も彼は何度か店に来て、同じようにアイスコーヒーを頼むたびに、例の「溶けない氷」が現れる。そして、ある日、彼が帰った後、店の常連さんが俺にこう言ったんだ。
「あの人、もう随分前に亡くなったって話、聞いたことあるか?」
最初、何を言ってるんだと思ったけど、どうやらその男性は数年前に事故で亡くなっていたらしい。でも、それからもずっと喫茶店に通い続けているという噂があったんだ。
それ以来、俺は彼が来るたびに、その「溶けない氷」が現れるたびに、何とも言えない不安を感じるようになった。
そしてある日、突然彼は店に来なくなったんだ。それと同時に、その奇妙な「溶けない氷」も二度と現れなかった。
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