俺の妹、子供の頃からピアノを習ってて、リビングにはいつもメトロノームが置いてあった。あの、カチカチと規則正しい音を立てるやつだよ。家が静かになると、その音だけが響いていて、なんか落ち着く音だったんだ。
ある日、妹がピアノの練習をしている時、急に「メトロノームが動かない!」って騒ぎ出したんだ。見に行くと、確かにメトロノームが止まってた。電池式じゃなくて、手でゼンマイを巻くタイプだったから、ただゼンマイが切れただけかと思って、俺が巻き直してあげたんだ。
それでまた動き出して、妹も練習を再開したんだけど、翌日、また「動かない!」って言うんだ。今度は昨日巻いたばかりなのに、まるでゼンマイが止まってしまったみたいに動かない。しかも、よく見るとメトロノーム自体が少し斜めに傾いていて、何かに引っかかってるようだったんだ。
不思議に思って、家族みんなでいろいろ試してみたけど、動かない。ついには父親が「これ、もう壊れてるかもな」と言い出して、新しいメトロノームを買おうかって話になったんだ。
で、数日後、新しいメトロノームを買って、またピアノの横に置いておいた。これで一件落着だと思ってたんだけど、問題はここからなんだ。
その夜、妹が「メトロノームがいない!」って叫んで、部屋中を探し回ってた。俺は「何言ってるんだ?」と思って見に行ったら、確かにリビングに置いてあったはずの新しいメトロノームがどこにも見当たらないんだ。しかも、古いメトロノームも見つからない。
家中を探しても、どこにもない。誰かが片付けたわけでもないし、盗まれるようなものでもない。完全に「いなくなった」んだ。
結局、その日はメトロノームを見つけられないまま寝たんだけど、次の日の朝、妹がまた奇妙なことを言い出した。
「昨日の夜、誰かがメトロノームを持っていったんだよ。子供くらいの背の低い人が、カチカチ鳴らしながら部屋から出ていくのを見たんだ。」
夢でも見たのかと思ったけど、妹は本気だった。小さな子供が、カチカチとメトロノームを鳴らしながら、リビングから廊下を通って出て行ったって言うんだ。その話を聞いた時、俺も少しゾッとした。
結局、メトロノームはどこにも見つからなかったし、その「子供」も誰だったのか分からないままなんだ。でも、あの夜以来、家では誰もメトロノームを使わなくなった。だって、あのカチカチという音が聞こえるたびに、妹が見たという「いなくなったメトロノームと一緒に出て行った子供」を思い出してしまうからさ。
それ以来、家の中で規則正しい音が鳴ると、俺は少し緊張してしまうんだ。
コメント