ある日のことです。私の友人、Sさんから電話がかかってきました。Sさんは昔からオカルトに詳しい人で、時々不思議な体験をしては話してくれるのですが、その日は何か違う雰囲気がありました。電話越しの彼の声は、いつもの冗談交じりの調子とは違い、妙に硬いんです。
「お前さ、ちょっと聞いてくれないか?」と彼が言いました。私はなんだか嫌な予感がして、「いいけど、どうしたの?」と応じました。すると、彼はこんな話を始めたんです。
Sさんの家の近くに、小さな神社があるんですが、最近その周辺で気味の悪い出来事が続いているらしいんです。彼の話では、夜中になるとその神社の鳥居をくぐる人影があるんだとか。それだけなら特に怖くないですが、その人影が一度も帰ってくる姿を見せないと言うんです。
一週間ほど前、Sさんが仕事帰りに遅くなって、その神社の前を通りかかったときのこと。時間は夜の12時を過ぎていました。月明かりだけが薄く照らす静かな夜道で、ふと神社の方を見た瞬間、何かが動いた気がしたんです。最初は「猫かな?」と思って無視しようとしたんですが、次の瞬間、背筋がゾワッとしたそうです。
神社の鳥居のあたりに、誰かが立っていたんです。髪の長い、ぼんやりとした人影が、ゆっくりと鳥居の中に入っていくところを見てしまったんです。それだけなら、通りかかった誰かだと思えるかもしれませんが、その人影、足が地面についていなかったんだとか。
Sさんはその場から一歩も動けなくなって、目をこすってもう一度見ましたが、その人影は、もうすでに鳥居の奥に消えていました。そして、神社の裏山の方から、低いうめき声のような音が聞こえてきたと言います。
それからというもの、彼は夜になると家の外から、誰かが「来い」と囁くような声を聞くようになったそうです。もちろん、そんな声がするわけがない。家の周りに誰もいるはずがないんです。でも、どうしてもその声が気になってしまい、ついに昨夜、意を決して神社の方へ行ってみたそうです。
その話をしているときのSさんの声が震えていました。
「そこに、何かがいたんだよ……。いや、誰かって言った方が正しいのかな。はっきりとは見えなかったけど、鳥居の奥に立ってて、俺をじっと見てるのが分かった。何も言わずに、ただ……。」
Sさんは言葉を切りました。その後、彼は急に「もうこの話はやめよう」と言って電話を切りました。それからというもの、Sさんからの連絡は途絶えてしまいました。
数日後、気になって彼の家を訪ねてみたんですが、誰もいませんでした。近所の人に聞いても、Sさんを最近見かけた人はいないと言います。彼が最後に話していた神社の方へ行ってみましたが、その場所には何もありません。ただ、ひっそりと立つ鳥居と、風で揺れる木々の音だけが耳に残りました。
鳥居の向こうから、何かがこちらをじっと見ているような気がして、私はその場を足早に去りました。
結局、Sさんがどうなったのかは今も分かりません。
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