私が子供の頃、家の近くに一人で住む不思議な老人がいた。彼の家は古びた木造で、庭には雑草が生い茂り、手入れが行き届いていなかった。子供たちはその家のことを「呪われた家」と呼び、怖がって近づこうとしなかったが、私は好奇心から時々その家の前を通り過ぎることがあった。
ある日のこと、学校からの帰り道で、私はふとその家の庭に目を向けた。そこには、いつも見慣れた雑草と古い木の門があった。門は半開きになっていて、庭の奥に玉すだれのようなものが揺れているのが見えた。風に吹かれて、キラキラと光っていた。
「何だろう…」
私は興味を引かれ、門に近づいた。玉すだれが揺れるたびに、小さな反射光が庭を照らしていた。まるで誰かがそこにいるかのように、庭が生き生きとして見えた。私は勇気を出して門を押し開け、庭に足を踏み入れた。
すると、何かが私の足元を這っていくのを感じた。見下ろすと、地面には無数のダンゴムシが蠢いていた。彼らは一斉に動き出し、まるで何かに導かれるように庭の奥へと進んでいた。私は驚いて後ずさったが、好奇心が勝り、ダンゴムシたちを追いかけることにした。
庭の奥には古びた井戸があり、玉すだれがその周りに吊るされていた。風が吹くたびに、玉すだれがチリンチリンと音を立てて揺れていた。ダンゴムシたちは井戸の周りに集まり、まるで何かを待っているかのように動きを止めた。
「とおせんぼ…」
突然、誰かの声が聞こえた。低く、掠れた声だった。私は驚いて振り返ったが、誰もいなかった。玉すだれが揺れ、反射光が目に入った。その時、私は井戸の中から何かが見ていることに気づいた。
井戸の中には暗闇が広がっていたが、その中に二つの小さな光が浮かんでいた。まるで目のように、その光が私をじっと見つめていた。私は恐怖で動けなくなり、その場に立ち尽くしていた。
「とおせんぼ…」
再び声が聞こえた。今度はもっとはっきりと聞こえた。私はその声に答えることができず、ただ井戸の中の目を見つめていた。玉すだれが揺れ、音が響く中、私は井戸の中から何かが近づいてくるのを感じた。
突然、井戸の中から何かが飛び出してきた。黒い影が私の目の前に現れ、その影の中から無数のダンゴムシが這い出してきた。彼らは私の足元を取り囲み、まるで私を井戸の中に引きずり込もうとするかのように蠢いていた。
「やめて!」
私は叫び声を上げ、必死に逃げ出した。庭を駆け抜け、門を飛び越え、家に向かって走り続けた。背後から玉すだれの音とダンゴムシの蠢く音が追いかけてくるように感じたが、振り返る勇気はなかった。
家にたどり着き、ドアを閉めると、私はその場にへたり込んだ。息が上がり、心臓が激しく鼓動していた。あの庭で何が起こったのか、何を見たのか、全てが夢のように感じられた。ただ、あの「とおせんぼ」という声が耳に残り、恐怖が全身を包んでいた。
その後、私は二度とその家には近づかなかった。村の人たちも、あの家の老人の姿を見かけなくなったと言っていた。あの庭の井戸には、何が隠されていたのか。玉すだれが揺れ、ダンゴムシが蠢くあの光景が、今でも私の頭の中で繰り返される。
私はあの日のことを思い出すたび、背筋が寒くなる。そして、「とおせんぼ」というあの声が、今でもどこかで私を待ち続けているような気がするのだ。
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