その日、私は古い倉庫の整理をしていた。昔から物を溜め込む癖があり、気づけば家の一角は使わなくなった物で溢れていた。天気も良かったので、一気に片付けてしまおうと決心したのだ。埃っぽい空気の中、私は古い箱を一つ一つ開けて中身を確認していた。
しばらく整理を進めていると、古びた木箱が目に入った。かなり年季が入っているようで、角は擦り切れていて、表面には何やら模様が彫られていた。祖父の代から家にあったものらしく、私はその存在をすっかり忘れていた。
興味を惹かれた私は、その箱を手に取った。蓋には鍵穴があり、鍵がないと開けられないようだった。しかし、箱を揺らすと中からかすかに音が聞こえてきた。
「ブンブン…」
低い音が、箱の中から聞こえる。まるで何かが振動しているような、その音は不気味だった。私はその音に引き寄せられるように、なんとか箱を開けてみようとした。倉庫の隅を探すと、錆びついた古い鍵が見つかった。ひょっとすると、これがあの箱の鍵かもしれない。
私は鍵を箱の鍵穴に差し込み、慎重に回した。錆びついた音を立てながら、鍵は回り、箱の蓋がゆっくりと開いた。中を覗き込むと、そこには古い手帳と、何か小さな袋が入っていた。袋は革でできており、手触りがざらついている。
私は袋を開けてみた。中には古い眼鏡が入っていた。レンズはすりガラスのように曇っていて、かけてみても何も見えない。奇妙なことに、その眼鏡を手に取った瞬間、また「ブンブン…」という音が聞こえた。今度はもっとはっきりと、耳元で聞こえるような音だった。
音の出所を探すために、周囲を見回した。しかし、倉庫には私以外誰もいない。音は確かに箱の中から聞こえている。私は恐る恐る手帳を開いた。そこには祖父の字で、何かが書かれていた。
「この箱の中には秘密がある。決して開けるな。」
その言葉に、私は背筋が寒くなった。なぜ祖父はこんなことを書き残したのか?何がこの箱の中に隠されているのか?私は急いで手帳を閉じ、眼鏡を元の袋に戻そうとした。その時、急に視界がぼやけた。目の前に何かが見える。ぼんやりとした影が、私の前に立っているように見えた。
「誰…?」
声を出したが、返事はなかった。ただ、その影はじっと私を見つめているようだった。焦点の合わない目が、私を通り抜けて何かを見ている。私は目を凝らしてその影を見つめた。影は次第に形を成し、何かを伝えようとしているように見えた。
突然、目の前に真っ暗な闇が広がり、耳元で「ブンブン…」という音が響き渡った。私は恐怖で固まり、その場に立ち尽くした。音はどんどん大きくなり、私の頭の中に響くようだった。
「何が…?この音は…?」
私は何とか声を出そうとしたが、喉が詰まって声が出なかった。その瞬間、視界が真っ暗になり、何も見えなくなった。次に目が覚めた時、私は倉庫の床に倒れていた。周囲は静まり返っていて、さっきまでの音はすっかり消えていた。
私は急いで起き上がり、あの箱を見た。箱は閉じられ、鍵はかけられていない。手帳も眼鏡も箱の中に戻っていた。私は震える手で箱を閉じ、鍵をかけた。
その日以来、私は二度とあの箱に触れないようにしている。祖父が何を隠していたのか、何が私に見えていたのか、今でも分からない。ただ、「ブンブン…」という音が耳に残り、あの時感じた恐怖は決して消えることがない。箱は倉庫の奥にしまい込まれ、誰にも見つけられないようにしてある。
その音が再び聞こえてくるのではないかという不安が、今も私の心に影を落としている。
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