冬の寒い夜、私は一人で家にいた。仕事を終えて帰ると、外は雪が降りしきっており、家の周りは静寂に包まれていた。私は暖かいストーブの前に座り、熱いお茶を飲みながらくつろいでいた。窓の外は一面の銀世界で、月の光が雪に反射して白く輝いていた。
突然、台所から物音がした。びっくりして立ち上がり、台所に向かうと、テーブルの上に置いてあった杓子が床に転がっていた。誰も触れていないはずなのに。私は不思議に思いながら杓子を拾い上げ、テーブルの上に戻した。
「風かな?」
そう自分に言い聞かせ、台所を出ようとした時、ふと窓に目がいった。硝子越しに見える外の景色に、何かが動くのを感じた。外は暗く、雪がしんしんと降っている。その影がどこから来たのか確認しようとしたが、何も見えなかった。ただの木の影かもしれないと思い、私は気にしないことにした。
その夜、布団に入ってもなかなか眠れなかった。心のどこかで何かが気にかかっていた。台所で聞こえた音、硝子越しに見えた影、全てが胸の奥で引っかかっていた。
翌日、また仕事を終えて家に帰ると、またしても台所から音がした。今度は硝子のコップが床に落ちていた。コップは割れておらず、無事だったが、その場面を見た瞬間、私は背筋に冷たいものを感じた。
「誰かいるの?」
声を出してみたが、返事はなかった。もちろん、家には私しかいないはずだった。雪が降り続ける外の世界は、ますます冷たく、静かだった。
私は不安になりながら、落ちたコップを拾い上げた。その時、また硝子越しに何かが動くのを感じた。今度は確かに何かがいた。黒い影が、私の家の窓の外に立っているように見えた。
恐る恐る窓に近づき、外を覗いてみると、そこには何もなかった。ただ雪が降り続けているだけだった。私はため息をつき、少し安心した。
「やっぱり気のせいだ」
そう自分に言い聞かせていると、突然背後から冷たい風が吹き込んできた。振り返ると、台所のドアが開いていた。私はドアを閉め、リビングに戻ろうとしたその時、また窓の外に何かが見えた。今度ははっきりと。
そこには、雪の中に立つ黒い影があった。影はじっと動かずにこちらを見ているようだった。その影の輪郭は人の形をしているが、顔は見えない。私は恐怖で動けなくなり、ただその影を見つめていた。
「何が…」
声を出そうとしたが、言葉にならなかった。影はゆっくりと動き出し、雪の中に溶けるように消えていった。まるで、そこに何もなかったかのように。
その夜、私は恐怖で眠れなかった。心の中で何度もあの影のことを思い出し、なぜあんなものを見たのか考え続けた。次の日、私は家の周りを調べたが、足跡は何もなかった。雪に残るはずの足跡が、一つもなかったのだ。
それ以来、夜になると私は台所の窓を閉め、カーテンを閉じるようになった。あの黒い影が再び現れるのではないかという不安が、私の胸に深く刻まれた。冬が終わり、雪が溶けても、あの影の記憶は消えることなく、今でも私の心に影を落としている。
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