腹太鼓

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子供の頃、祖父の家に遊びに行くのが大好きだった。祖父の家は古い日本家屋で、周りには田んぼや林が広がっていた。夏休みになると、私は毎年のように祖父の家に泊まり、田舎の自然を楽しんでいた。

ある夏のこと、その日は夕方から祭りがあり、町の広場に人々が集まっていた。祖父も私も祭りに出かけ、屋台の食べ物を楽しんだり、地元の人たちと話をしたりしていた。夜になり、神社の境内で盆踊りが始まった。太鼓の音が響き、人々が踊り始めると、祭りは一層賑やかになった。

その夜は月が明るく、帰り道も十分に見渡せた。祖父と一緒に歩きながら、私は楽しかった祭りのことを話していた。道を歩いていると、ふと祖父が足を止めた。

「お前、腹太鼓って知ってるか?」

祖父が突然そんなことを聞いてきたので、私は少し驚いた。腹太鼓という言葉自体は聞いたことがなかった。

「知らない。何それ?」

祖父は微笑んで、「昔の話だけどな」と言いながら、静かに語り始めた。

「この辺りでは、昔から夜中になると腹太鼓の音が聞こえることがあるんだ。腹太鼓ってのは、その名の通り、腹を太鼓のように叩く音だと言われてる。叩くのは誰かって?それが不思議なことに、誰も見たことがないんだよ。ただ、夜中にその音を聞くと、何か良くないことが起きると言われてる」

私は半信半疑でその話を聞いていた。祖父はいつも冗談を言って私をからかうことがあったので、今回もその一環だと思ったのだ。

「そんなの嘘でしょ。おじいちゃん、またからかってるんでしょ?」

そう言うと、祖父は真剣な表情になった。

「いや、本当なんだ。俺も若い頃に一度だけ聞いたことがある。その時は、夜中に田んぼの見回りをしていて、急に腹太鼓の音が聞こえてきたんだ。最初は誰かがふざけてるのかと思ったが、周りには誰もいなかった。音は次第に大きくなり、まるで誰かが近づいてくるように感じた」

祖父はそこで話を止め、少し考えるようにしてから続けた。

「その音が止んだ後、家に帰ると、翌日には近所の人が亡くなったという知らせが入った。偶然かもしれないが、それ以来、俺は夜中に外を歩くのが怖くなったんだ」

私は背筋が寒くなるのを感じた。祖父の話はいつも冗談ばかりだったが、その時は彼の目が真剣だったのを覚えている。

その夜、私は祖父の家の布団に入ったが、なかなか寝付けなかった。頭の中で祖父の話が何度も繰り返され、耳を澄ませてしまった。周囲は静まり返っていて、時折、風が木々を揺らす音だけが聞こえていた。

しばらくすると、遠くから低い音が聞こえたような気がした。最初はかすかで、風の音かと思ったが、次第にはっきりとしたリズムが聞こえてきた。それはまるで、太鼓を叩くような音だった。音は次第に大きくなり、確かに腹を叩くような音に変わっていった。

私は布団の中で凍りつき、音が近づいてくるのを感じた。音は家の周りをぐるりと回るように響き、そして突然、音がぴたりと止んだ。全身に冷たい汗が流れ、私は動けなくなっていた。

その後、しばらくして何事もなかったかのように静寂が戻った。私はどうにかして眠りにつき、朝を迎えた。

翌朝、祖父に昨夜のことを話すと、彼は黙って頷いた。

「お前も聞いたんだな。あの音は、お前が悪いことをしてるってわけじゃない。ただ、昔からの言い伝えだ。何か意味があるのかもしれないが、それは俺にもわからない。ただ、一つ言えるのは、あの音を聞いた後は、気をつけることだ」

その日の午後、近所の人が亡くなったという知らせが入った。祖父の話が真実だったのか、それともただの偶然だったのか、今でもわからない。ただ、あの夜聞いた腹太鼓の音は、私の記憶に深く刻まれている。そして、夜になると、あの音が再び聞こえてくるのではないかと、今でも時々不安になる。

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