そのドライブインに立ち寄ったのは、偶然だった。
仕事で地方を回っていた帰り道、夜遅くなって腹が減り、国道沿いにぽつんと灯りが見えたのだ。周囲は暗く、街灯もまばら。看板には赤い文字で「ドライブイン○○」と書かれていたが、○○の部分が風雨にさらされて読み取れない。
古びた建物だったが、まだ営業中のようで暖かな灯りが漏れている。疲れていたこともあり、躊躇なく車を駐車場に入れた。
中に入ると、店内は意外と広く、昭和の雰囲気そのままの空間だった。テーブル席がいくつか並び、壁には色褪せたメニューやポスターが貼られている。カウンターの奥には、年配の店主らしき男が立っていた。
「いらっしゃいませ」
店主は気さくに声をかけてくれたが、どこか無表情な印象を受けた。
私は適当に席に座り、メニューを手に取る。カレーライス、ラーメン、ハンバーグ定食――いかにも昔ながらのラインナップだ。特に空腹だったので、カツカレーを注文した。
料理が運ばれてくるまでの間、店内を見回していると、妙なことに気づいた。この広い店内には、他に客がいないのだ。
――平日の夜だし、こんな場所なら客が少ないのも当然か。
そう自分に言い聞かせながら待っていると、やがてカツカレーが運ばれてきた。
皿に盛られたそれは、見た目は普通だが、どこか香りが独特だった。懐かしいような、でも少し異様な……うまく言葉にできない香りだ。
一口食べると、予想以上に美味しかった。濃厚なルーがご飯と絶妙に絡み、カツの衣もサクサクしている。疲れもあって、私は夢中で食べ進めた。
だが、ふと気づくと、店主がじっとこちらを見ているのだ。カウンターの奥から、動かず、まばたきもせず。
――見られている。
そう思うと、途端に食欲が薄れてきた。視線が気になり、食べ終わるとそそくさと会計を済ませた。
「ごちそうさまでした」と言うと、店主は無言で軽く頷いた。
外に出ると、夜風がひどく冷たく、なんとなく不安な気持ちになった。車に乗り込んでエンジンをかけ、バックミラーを覗いたときだった。
――誰かが後部座席に座っている。
一瞬、そう思った。驚いて振り返るが、そこには誰もいない。ただ、妙な違和感が残る。
不安を振り払おうとアクセルを踏み、暗い国道をひたすら走った。しかし、それから何度もバックミラーを確認するたび、後部座席に「何か」がいる気がしてならなかった。
目的地に到着し、車を降りるとき、念のため後部座席を確認した。何もない。だが、シートに微かな染みがついていることに気づいた。
それは、カレーのルーのような濃い茶色だった。
その後、どれだけ探しても、そのドライブインを再び見つけることはできなかった。
だが今でも車に乗るたび、バックミラーを見てしまう癖が抜けない。あの時の「何か」は、まだどこかに潜んでいる気がしてならないのだ。
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