「あの話、聞いたことある?」
友人が話し始めたのは、駅前の小さな居酒屋だった。
少し飲みすぎて、俺も気が緩んでいたから、その話を聞いてしまったのがいけなかった。
「ほら、芋虫を飲み込んじゃうと、体の中で育つってやつ」
「子供の頃、そういう噂あったよな。口から芋虫が出てくるとかさ」
笑って流そうとしたけど、友人は真剣な顔で続けた。
「俺の従兄弟、本当にそれに遭ったんだよ」
従兄弟は小学生の頃、田んぼの用水路で遊んでいた。
その時、冗談半分で、大きな芋虫を口に入れたらしい。
「飲み込めるか?」と友達に煽られ、ふざけてそのまま飲み込んだ。
それから、何も起きなかった。
いや、すぐには、何も。
「半年くらい経った頃から、体調が悪くなってな。吐き気がするって言うんだけど、原因が分からなくて」
病院でも異常は見つからなかった。
だが、ある日、従兄弟が家で奇妙な音を聞いたという。
――じゅるじゅる、じゅる……
「最初は水道の音かと思ったんだって。でも、どうもおかしい。音が、自分の喉の奥から聞こえるんだよ」
そして、その夜、従兄弟は苦しみながら寝室から飛び出してきた。
親が慌てて様子を見ると――
口の中から、白い何かが覗いていた。
「舌を引っ張ってみると、そいつはまだ中にいる。奥の方に、絡みついてるんだよ」
病院に連れて行こうとしたが、従兄弟は嫌がって、自分で抜くと言い出した。
鏡を見ながら、喉の奥に手を突っ込み、苦しそうに何度も吐き出そうとする。
そして――
「ついに、そいつを掴んだんだ」
親が見守る中、従兄弟は喉の奥から、白く太い芋虫を引きずり出した。
それは、まだ生きていて、ぐねぐねと動いていたという。
「それをどうしたんだ?」
俺が尋ねると、友人は小さく笑った。
「本人、何を思ったのかさ――もう一度飲み込んだんだよ。」
「……は?」
「分からない。でも、そいつは笑いながら言ったんだって」
『こいつ、俺の中で育ったんだ。返してやるのが筋だろ?』
それ以来、従兄弟は一切、体調を崩さなくなったそうだ。
ただ、時々、喉の奥からこう囁くような音が聞こえるらしい。
――じゅるじゅる、じゅる……
「お前、まだいるんだな」
そう言って、従兄弟は嬉しそうに笑うのだという。
友人の話を聞いた後も、妙な違和感が残った。
喉の奥が妙にむず痒い。
俺は、何度も唾を飲み込んだ。
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