会社帰りに、友人のKから急に連絡が入った。
「お前、最近引っ越したんだよな。どこだっけ?」 「〇〇マンションだけど?」 「…やっぱりか」
その言い方が気になったが、Kは続けて「今から行っていいか」と言ってきた。珍しいこともあるもんだと思いながら了承すると、30分ほどで到着した。玄関を開けるなり、Kはマンションを見上げ、眉をひそめた。
「…何か、変だな」 「何が?」 「いや、俺が言うのもおかしいけど…このマンション、空気が妙に重い気がする」
気のせいだろうと思いつつ、エレベーターに乗って部屋に案内した。Kは部屋に入っても落ち着かない様子で、何か言いたそうにしている。
「…なあ、このマンション、前に住んでた人の話、聞いてないのか?」
俺は管理人から聞いた話を思い出した。 「いや、別に変な話は聞いてない。前の住人が急に引っ越したってだけで…」 「急に引っ越した?」
Kがスマホを取り出し、何かを調べ始めた。
「おい、〇〇マンションの302号室って、お前の部屋の真上だよな?」 「ああ、そうだけど…」
Kはスマホの画面を俺に突きつけた。そこには数年前のニュース記事が映っていた。
「〇〇マンション302号室、住人一家の失踪事件」
一家が突然、誰にも告げずに姿を消したという内容だった。引っ越しの形跡もなく、家財道具もそのままだったらしい。玄関には靴が揃えられており、まるで帰ってくるつもりだったかのように。
「…だから何だよ? 俺の部屋は違うだろ?」 「いや、そうじゃないんだ」
Kが窓の方を見つめた。
「…今、302号室の窓に、誰かいるぞ」
驚いて窓の外を見ると、確かに302号室の窓に影が見えた。人影がゆっくりとカーテンを引いて、こちらを見ている。…誰も住んでいないはずの部屋から。
「…気のせいだろ?」 「いや、もう一つおかしいことがある」
Kはスマホを閉じ、低い声で言った。
「失踪した家族、全員見つかってない。でも、何か…ずっと、ここにいるような気がする」
その夜、302号室の影は消えなかった。
翌朝、管理人に確認すると、**302号室はすでに“取り壊されている”**と言われた。影なんて、見えるはずがないのに。
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