泣くベッド

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二十歳を過ぎた頃、祖父が入院していた病院での出来事です。

夜遅く見舞いに行った帰り、病院の廊下を歩いていると、消灯時間を過ぎているのに泣き声が聞こえたんです。
最初は子供の泣き声かと思いました。でも、この病院には小児病棟なんてないはずなんです。
妙だと思いつつも、声に引き寄せられるようにして、私はその病室の前まで行きました。

その部屋には…ベッドが一台だけ置かれていました。
他の病室とは違って、薄暗い蛍光灯がぼんやりとそのベッドを照らしていた。
でも、そこに誰もいないはずなのに――ベッドが泣いていたんです。

シーツがかすかに上下し、ベッド全体が、まるで人間のようにすすり泣くような音を立てていた。
それがどこか哀れで、苦しそうな音に聞こえて、思わず「大丈夫ですか」と声をかけたんです。
でも、その瞬間――ベッドの動きがぴたりと止まりました。

次に、私は見てしまったんです。
シーツの隙間から、白い手がこちらに伸びてきたのを。

「引っ張ってくれ……帰りたいんだ」

そう言われた気がしました。

私は慌てて後ずさり、振り返らずに廊下を走りました。
でも、あの泣き声が、ずっと背中を追いかけてきたんです。

その夜、祖父は亡くなりました。
それ以来、病院に行くのが怖くなったんです。でも、たまに夢に見るんです。
あのベッドが、私の部屋に置かれている夢を。
その時、泣いているのは…今度は私なんですよ。

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