私がまだ小さかった頃、近所の古い神社の境内に、大きな御神木がありました。
どっしりと根を張った、年季の入った欅の木で、村の人たちは「触れるな」と言い聞かせていました。
理由は教えてくれませんでしたが、言い伝えではこう言われていたんです。
「あの木に何かが張りついていても、決して剥がしてはならない」
子供心には理解できず、むしろ興味をそそられるばかりでした。
だからある日、友人と二人でその御神木を見に行ったんです。
すると――
本当に何かが木の幹に張りついていたんです。
最初はただの布切れか、古い御札のように見えました。
でも近づくと、それは布でも御札でもなく、人間の手だったんです。
青白く、ぬめりとした手のひらが、木の幹にベッタリと張りついていました。
そして、ゆっくりと指が動いていたんです。
「……見間違いだろう」
そう思い、友人が冗談半分に言いました。
「剥がしてみるか?」
私は止めようとしましたが、彼はもう手を伸ばしていました。
その青白い手を、思い切り引き剥がしたんです。
ズルッという音と共に、木の幹からその手が剥がれ、友人の手の中に残りました。
手のひらはまだ温かく、微かに動いていました。
その瞬間、御神木が悲鳴を上げたような音を立てました。
そして――
友人は突然、地面に倒れ込みました。
目を見開いたまま、動かなくなったんです。
私は必死に友人を呼びましたが、彼はもう何も応えませんでした。
村の人たちは、友人の死を事故だと言いました。
でも、私は知っています。
あの木に張りついていたのは、彼の「命」そのものだったんです。
それを無理に引き剥がしたから、彼は死んでしまった。
それ以来、私は二度とその神社へ近づいていません。
ただ時折、夜中に耳元で聞こえるんです――
「引き剥がしたのは、誰だ?」
まるで、自分が張りつく番を待たれているかのように。
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