あれは、俺が高校生の頃の話だ。
夏休みのある日、俺は足の裏に釘を踏み抜いた。
廃材置き場を通り抜けようとしたとき、錆びた釘が飛び出した板を踏んでしまったんだ。
「あっ、痛ッ!」
最初は、チクリとした程度だった。
だが靴下に血が滲むのを見て、ようやく傷の深さに気づいた。
親に怒られるのが嫌で、俺は黙って自分で処置することにした。
傷口を消毒し、釘が当たった場所を布で強く巻いて応急手当を済ませた。
けれど、それが悪かった。
翌日、足がズキズキと疼き始めた。
まだ腫れているのかと思い、包帯を解こうとしたが、布が傷口にべったりと張り付いている。
無理に引き剥がせば、血と膿が滲んでくる。
「まずいな……」
だが、どうすることもできず、俺は包帯を巻き直して学校へ行った。
その日の午後、足の痛みはさらに強くなった。
授業中もじっと座っていられず、机の下で足をさすっていた。
すると隣の席の「アベ」が、小声で話しかけてきた。
「お前、なんか臭くね?」
「は?」
「なんか、鉄みたいな匂いすんだよ。血か?」
そのとき、俺は気づいた。
自分の足元から、釘のような錆びた匂いが漂っていることに。
放課後、俺はトイレに駆け込んで、もう一度包帯を外した。
しかし、そこで信じがたいものを目にした。
傷口から、釘が生えていたのだ。
いや、正確には、釘のような細い金属の破片が、皮膚の下から伸びてきていた。
釘は錆びて、皮膚と癒着しているように見える。
「……なんだこれ」
慌てて引っ張ろうとしたが、指で触れると激痛が走った。
まるで、釘が俺の神経に絡みついているようだった。
その日は仕方なく、痛みを我慢して家に帰った。
だが、夜になると、痛みは耐え難いものになった。
その夜、俺はうなされるように眠りについた。
夢の中で、どこからともなく金槌の音が聞こえてくる。
カン……カン……カン……
一定のリズムで、釘を打つ音だ。
音はだんだんと近づき、足元で止まった。
恐る恐る下を向くと――俺の足に誰かが釘を打ち込んでいた。
それは、顔のない何かだった。
黒い影のような存在が、無言で俺の足を金槌で叩き続けている。
俺は叫ぼうとしたが、声が出なかった。
カン……カン……カン……
痛みが脳にまで響いてくる。
目が覚めたとき、俺は汗だくになっていた。
しかし、夢では終わらなかった。
布団を跳ね除けると、足に巻いた包帯が血と錆で真っ黒に染まっていた。
布の隙間から、釘のような金属がさらに伸びているのが見えた。
「これ、俺の足じゃない……」
病院へ行こうとしたが、足が痛みすぎて歩けない。
親に話す気力もなく、俺は部屋に閉じこもってしまった。
その夜も、あの夢を見た。
カン……カン……カン……
釘を打つ音が、耳元で響く。
「やめろ」と言いたかったが、口が利けなかった。
影の存在は、夢の中で俺の足に釘を打ち続けた。
そのたびに、足の痛みが現実に戻っても消えなかった。
何日か経ったある日、とうとう俺の足は動かなくなった。
傷口は完全に塞がり、その代わり、鉄の釘が生えたままになっていた。
その夜、夢の中で影がこう言った。
「お前は、俺の足だ」
目が覚めたとき、俺は気づいた。
俺の足はもう人間の足ではない。
釘の束のような塊に変わっていたのだ。
そして、今も。
どこからか、金槌の音が聞こえてくる。
カン……カン……カン……
痛みはまだ、終わっていない。
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