緑陰

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最近、仕事のストレスがたまっていて、気分転換にと思って週末に一人で山にハイキングに出かけた。都心から電車で1時間ほど行ったところにある小さな山で、そこは自然が豊かで、登山客も少ない静かな場所だった。

山道を歩いていると、木々の緑が鮮やかで、風が吹くたびに葉がささやく音が心地よく耳に入ってきた。僕はその静けさに癒されながら、ゆっくりと登っていった。

途中、日差しが強くなってきたので、少し休憩しようと木陰に入った。そこは緑陰が涼しく、まるで自然が作ったシェルターのようだった。風に揺れる葉の影が地面に映り、その陰影が何とも言えない安心感を与えてくれた。

僕はリュックから水を取り出し、一息ついて景色を眺めていた。その時、ふと、すぐ近くの茂みの中から何かが動く気配を感じた。振り向くと、そこには誰もいない。気のせいだろうと自分に言い聞かせて、また景色に目を戻した。

しかし、またしても同じ気配がした。今度は確かに何かがいるのを感じたんだ。僕は慎重に茂みの方に近づいてみた。でも、そこには何もなかった。ただ、風に揺れる木の葉が、ザワザワと音を立てているだけだった。

少し気味が悪くなってきた僕は、早めに山を降りることにした。再び山道を歩き始めたんだけど、その途端、背後から誰かがついてくるような感覚がした。振り返っても、誰もいない。それでも、背中に冷たい視線を感じるんだ。

足早に歩いていると、いつの間にか周りが異様に静かになっていることに気づいた。鳥の鳴き声も、風の音も聞こえなくなっていた。まるで、時間が止まったかのような静寂。僕は急に不安になり、さらにペースを上げた。

そして、ふと気づくと、同じ場所に戻ってきていた。さっき休んだあの緑陰の場所だ。自分ではまっすぐに進んでいたつもりだったのに、いつの間にかぐるっと回ってしまったらしい。

もう一度道を確認しようと立ち止まった瞬間、背後から声が聞こえた。

「何で逃げるの?」

その声は、まるで僕の頭の中に直接響くような、かすかな囁きだった。振り返ると、そこには誰もいなかった。ただ、さっきと同じように、緑陰が静かに揺れていた。

僕は恐怖に駆られ、無我夢中でその場を飛び出した。息が切れるまで走り続け、ようやく山を下り切った時、全身が汗まみれで、心臓がバクバクと音を立てていた。

その日以来、僕は二度とあの山に近づいていない。あの緑陰に何が潜んでいたのか、今でも分からない。ただ、あの場所で何かが僕を見つめ、囁いていたことだけは確かだ。

それ以来、木陰に入るたびに、あの時の冷たい視線と囁きが脳裏に蘇ってくるんだ。まるで、緑陰が僕をどこかへ引きずり込もうとしているかのように。

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