失った

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海岸線がゆるやかに弧を描くその場所は、夏の日差しの中で穏やかな波音を響かせていた。西日本のとある海岸だったと思う。僕と君、そして確かにもう一人、友人がいたはずだ。その日は、ただ気まぐれに遠出して、車を走らせて辿り着いた先だった。

海岸に着いた僕たちは、無邪気に砂浜を歩き回り、足元に打ち寄せる波を避けたり追いかけたりして遊んでいた。潮風が肌に心地よく、広がる青空がまるで果てしない自由を感じさせた。けれど、そこに確かにいたはずの”もう一人”の存在だけは、今となってはぼんやりとした記憶の中にしか残っていない。

誰だったのか、その名前すら思い出せない。ただ、僕たちと同じように笑い、海を眺め、時折何かを指さして話しかけてきたその人の姿。思い出そうとするたびに、その輪郭が煙のように曖昧になってしまう。記憶の中で、僕と君と、その人が並んで立っている瞬間があった気がする。夕焼けの色が海に溶け込む頃、その人は僕たちに向かって何かを言っていた。

「また、ここで。」

そんな言葉だったかもしれない。その瞬間だけがやけに鮮明に脳裏に焼きついている。でも、その言葉がどういう意味だったのか、その後どうなったのか、どうしても思い出せない。

気づけば僕たちは二人だけで帰りの道を歩いていた。車に乗り込むときに、君がふと振り返ってこう言った。

「……何か、忘れてないか?」

僕も同じ違和感を抱えていた。けれど、何を忘れているのか、どうしても思い出せない。ただ、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような感覚だけが残っていた。

それから何年も経った今でも、あの海岸で過ごした時間を思い出すたびに、その”もう一人”の存在が浮かんでくる。けれど、顔も名前も思い出せない。あれは本当に僕たちの友人だったのか、それともただの錯覚だったのか。

あの海岸には何かがあるのだろうか。あの日の風景を、僕と君の記憶だけが取りこぼしてしまったのだろうか。それとも、あの人自身がこの世界から取りこぼされた存在だったのだろうか。

二人とも何かを”失った”という感覚だけが確かに残っている。

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