洋梨と高田くん

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篠突く雨――あれは、まるで空が怒り狂ったような日だった。窓ガラスを打ち付ける雨粒は狂騒のリズムを刻み、屋根の軋みが絶えず耳に届いていた。何より、あの「洋梨の絵」が消えたのは、そんな日だった。

高田くんは美術部の片隅で、いつも黙々とキャンバスに向かっていた。物静かで、友達も少ない彼が一度だけ部室に持ち込んだ油絵が、その「洋梨の絵」だった。
妙に艶めいた光沢のある果実が、暗い背景に浮かぶ――何もない絵だが、目を離せなくなる。じっと見つめると、どこか遠くへ引き込まれそうになる。
「どうしたの、その絵」
私が尋ねても、高田くんは「別に……」と首を振るだけで、詳細は語ろうとしなかった。

だが、あの雨の日だ。
部室に行くと、絵は忽然と姿を消していた。――いや、消えたというより「なくなった」と言った方がいいだろう。壁にかけられていたはずの場所には何も残されていない。ただ、不自然に乾いた洋梨の輪郭だけが、壁紙にうっすらと滲んでいた。まるでそこに「長い間置かれていたもの」が急に抜き取られたかのように。

高田くんは、それから部室には来なくなった。誰かが彼を見かけたという話も聞かなかった。ただ、噂が一つだけ残った。
「あの絵、描かれていた洋梨は”生きて”いたらしい」

だが、何より気になるのは――篠突く雨の音の中、私が最後に聞いた音だ。
絵がなくなった瞬間、「ぽたり」と何かが床に落ちる音がした。それはまるで、洋梨の果汁が滴り落ちたような、そんな重い音だった。

あの洋梨の絵はどこに行ったのか。
高田くんは――今、どこにいるのか。
篠突く雨が降るたびに、私は考える。

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