箱と妹

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僕が高校生だった頃、ある友人に妹がいた。歳は僕らより少し下で、確か中学二年生。彼女はいつも静かで目立たない子だったが、兄である友人がよく口にしていた「無邪気な性格」からは少し遠い印象だった。

彼女の死は突然だった。学校帰りに倒れているのを近所の人が見つけた、と聞かされた。その時の噂はこうだ——彼女は川沿いの土手で首を吊ったらしい、と。

しかし、その話には妙な違和感があった。

まず、川沿いの土手には首を吊れるような木はなかった。
それに、彼女がそうする理由も見当たらなかった。友人は「最近、少し元気がなかったかもしれない」と言っていたが、それ以上は語らなかった。

その死から数日後、僕は偶然、彼女のことを思い出して、ふと友人の家へ立ち寄った。友人は家の中にいて、疲れた顔で僕を出迎えた。その日はなんとなく気まずくなり、帰ろうとした時だ。

玄関の脇にある、小さな箱が目に入った。

それは古びた木箱で、何かが書かれた紙切れが乗っていた。「絶対に開けない」と、細い字で書かれていた。なんだか妙に気になってしまい、つい友人に尋ねたんだ。

「これ、なんだよ?」

友人は、一瞬、ものすごく険しい顔をした。そして低い声でこう言った。

「……それ、妹の部屋にあったんだ。見つけた時、変な音がしたんだよな」

変な音、というのが何なのかはわからない。ただ、友人はその箱を見た途端、明らかに怯えていた。

「俺も見てない。親父が『絶対に開けるな』って言ったから」

その時の友人の様子は、冗談ではなかった。その箱はまるで、何かを閉じ込めているかのような、妙な圧迫感があった。僕はそれ以上、何も言わずに家を出たけれど、帰り道、妙なことに気づいた。

——僕の背後を、誰かがついてきている。

振り向いても誰もいない。でも、足音だけがはっきりと聞こえる。 静かな住宅街に、僕の足音ともう一つ、少し遅れてついてくる足音。

その夜、僕は夢を見た。

妹がいた。

首をうなだれたまま、彼女はぼろぼろの制服姿で僕の前に立っていた。そして、小さな声でこう呟いたんだ。

「箱、見たでしょう?」

目が覚めた時、僕は汗びっしょりで、心臓が早鐘を打っていた。それ以来、僕は友人の妹に関わる何かを口にすることも、友人にそれ以上のことを尋ねることもやめた。

ただ、あの箱が何だったのか、彼女がなぜそんな死に方をしたのか、僕は今でも知っている気がするんだ。その箱には、何かを封じていたのだろう。 それが何かはわからないけれど、妹がそれに関わってしまったことだけは確かなのだ。

——そして、その箱を僕は見てしまった。

あれ以来、夜になると、時折どこからか足音が聞こえる。振り返っても誰もいない。ただ僕の背後に、もう一つ、遅れた足音だけがついてくるんだ。

それが、あの日の秘密の名残りなのだと、僕は思っている。

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