ぐねぐねの人

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小学生の頃、私はいつも一人でいることが多かったんです。放課後、友達と遊ぶこともせず、家の近くの空き地や田んぼのあぜ道を一人で歩くのが好きでした。その日も同じように、誰もいない田んぼ道をふらふら歩いていました。

あたりは静かで、遠くから鳥の声や風の音が聞こえるだけでした。夕方の光が田んぼに差し込み、水面がキラキラと反射していました。そんな光景をぼんやり眺めていると、ふと前方に人影が見えました。

それは、田んぼの真ん中に立っている「誰か」でした。年齢や性別は分かりません。ただ、人間だと思っていたのは最初だけで、次の瞬間、異常に気づきました。その人影は――ぐにゃりと歪んでいたんです。

右に傾いたかと思えば、次の瞬間には左に揺れ、体全体が波打つように動いています。まるで風に煽られる木の枝のように不自然な揺れ方でした。足元は地面についているようには見えず、浮いているのか、それとも水面に立っているのか、判断がつきませんでした。

私はその場に立ち尽くし、ただその奇妙な動きを見ていました。不安や恐怖を感じるよりも先に、体が動けなくなっていたんです。その人影が、ゆっくりとこちらを向くまでは。

顔――のようなものが見えました。でも、それが人間の顔だとはとても思えませんでした。目や口の位置がずれていて、歪んだ線のようなものがこちらをじっと見つめています。いや、「見つめる」というよりも、その存在そのものが私を捕らえているような感覚でした。

そして、その「ぐねぐね」は動き始めました。揺れるたびに一歩一歩近づいてきます。いや、歩いているのではありませんでした。揺れながら滑るようにして近づいてくるんです。そのたびに、私の周りの空気が重くなり、耳鳴りがするような感覚に襲われました。

「……こっちへおいで」
低く、くぐもった声が聞こえました。それがその「ぐねぐね」から発せられたものなのか、私の頭の中に響いたものなのか分かりません。ただ、その声が聞こえた瞬間、私は足を動かしました。

振り返ることもせず、田んぼ道を全速力で走りました。家までの道のりは覚えていません。ただ息が切れるまで走り続け、家のドアを開けて飛び込んだ瞬間、全身が震え出しました。

家族には何も言いませんでした。何を見たのか説明することもできなかったからです。ただ、次の日から私はその田んぼ道を歩くのをやめました。それ以来、その空き地や田んぼには近づいていません。

あれが何だったのか――人間なのか、何か他の存在なのか、今でも分かりません。ただ、あの揺れる姿と、耳の奥に残った「こっちへおいで」という声だけは、今でもはっきりと覚えています。それを思い出すたび、あの時の冷たい空気と足が震えた感覚が、鮮明に蘇るのです。

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