あれは、小学生の夏休みの終わり頃のことでした。夕方の放課後、僕たちは近所の空き地で遊んでいました。夏の終わり特有の、空が赤く染まり、少し湿った風が吹く頃です。普段は賑やかに遊ぶ僕たちも、その日は少し疲れていたのか、空き地に寝転んでぼんやりと空を眺めていました。
その時、ふいにあなたが言ったんです。
「なあ、空が……笑ってないか?」
最初は冗談だと思いました。「何言ってるんだよ」と笑いながら空を見上げた僕は、言葉を失いました。確かに、そこにあるはずのないものが見えたのです。
空の雲の中に、巨大な顔のようなものが浮かんでいました。それは目や鼻の形をしているわけではなく、輪郭や影の配置がそう見えるだけでしたが、不気味なほど鮮明でした。そして、その「顔」は確かに笑っていました。大きく歪んだ口元が、夕焼けの光を受けて赤黒く輝いているように見えたのです。
僕たちは言葉を失ったままその顔を見つめていました。それはただそこにあるだけで、音も何も発していません。しかし、奇妙なことに、その「笑い」が静かに心に響いてくるようでした。声にならない嘲笑が、胸の奥を締め付けるように。
「なんだこれ……気持ち悪いよ!」と誰かが叫び、僕たちは慌てて空き地を飛び出しました。その場から離れれば、あの顔も見えなくなるだろうと思ったからです。
家に帰り、親にそのことを話しましたが、「疲れてるんじゃないか」と笑われるばかりでした。でも、次の日も空に目を向けるたび、僕はどこかであの「顔」が現れるのではないかと、恐怖を感じていました。
そして、三日後の夕方、再びあの空き地に足を運んだ時、僕たちはもう一度、空の中に「笑う顔」を見ました。しかし、今回は前とは違っていました。その顔は昨日よりも大きく、笑いはさらに歪み、まるで怒っているように見えました。風が吹き、草がざわつく音がやけに耳に響く中で、僕たちは無言で逃げ出しました。
それ以来、僕たちはその空き地に近づくことをやめました。それが原因なのか、それとも別の理由があったのか、次第にあの顔の話をすることもなくなりました。ただ、一つだけ覚えているのは、あなたがぽつりと漏らした言葉です。
「もしかしたら、あれは僕たちを見て笑っていたんじゃないか?」
その時は気にしないふりをしましたが、今でもその言葉が引っかかります。あの笑う空は、なぜ僕たちの前に現れたのか。そして、あの笑いの奥にあったのは何だったのか――僕たちが知らないまま大人になったそれが、未だに心のどこかで笑い続けているような気がします。
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