小学生時代の夏休み。あの頃は、時間が無限に感じられる一方で、一日一日はまるで蜃気楼のようにぼんやりとした記憶の断片として浮かんできます。特にあの奇妙な日、今思い返しても、現実だったのか夢だったのか区別がつきません。
それは夏休みも中盤に差し掛かったころのことでした。朝から蝉の鳴き声がうるさいほど響き、じりじりとした暑さの中、私はいつものようにランドセルではなく、虫かごと網を持って家を出ました。向かったのは近所の小さな雑木林。木々の影が涼しくて、そこが私の秘密基地のような場所でした。
林の奥へと進むと、いつものように地面に目をやり、クワガタやカブトムシを探していました。やがて、木の根元に見覚えのない穴を見つけたんです。手のひらほどの大きさで、中は真っ暗でした。何か生き物がいるかもしれないと思い、私は少しだけ手を伸ばして穴の中を探りました。すると、奥のほうで指先に何か冷たいものが触れたのです。
慌てて手を引っ込めると、そこには古びたビー玉がありました。透き通る青いガラスに、小さな気泡が閉じ込められていて、陽の光が当たるとキラキラと輝きました。どこか不思議な魅力があり、私はそれをポケットに入れました。
その時からでしょうか、何かが変わり始めたのは。
林を出て帰る途中、時間の感覚が曖昧になりました。太陽が高い位置にあるはずなのに、周りが薄暗くなり始めたのです。帰り道もいつもとは少し違うように見え、家に着くのに妙に時間がかかったように感じました。
家に着いて玄関を開けると、違和感はさらに大きくなりました。そこにはいつもの見慣れた家具や家族の気配がありましたが、どこか静かすぎたんです。そして何よりも奇妙だったのは、家の中に漂う匂い。生乾きの土のような匂いが、家中に満ちていました。
家族にそのことを尋ねようとしましたが、誰も見当たりません。代わりに、居間の机の上に見覚えのない古い日記が置かれていました。どうしても気になり、その日記を開くと、中には鉛筆で書かれた奇妙な文章がびっしりと並んでいました。
「今日、あの子がやってきた。ビー玉を見つけたようだ。」
私はその一文を読んで、思わず日記を閉じました。まるで誰かが私を見ていたかのような気配に、背中に寒気が走ったのを覚えています。
その後の記憶は曖昧です。ただ気づけば、自分の部屋のベッドに寝転がっていて、蝉の声が耳に戻ってきました。あのビー玉を探しましたが、ポケットにも部屋にもどこにもありませんでした。それが夢だったのか現実だったのか、未だにわかりません。
その日以来、あの雑木林に入ることはなくなりました。それでも、夏の終わりにふと感じる、あの土の匂いが漂うとき、私はいつも思い出すのです。あの日拾ったビー玉と、その後に起きたあの奇妙な一日を。
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