天井の口

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それは、私が小学校4年生の冬、夕方の出来事でした。

放課後、私は教室に忘れ物を取りに戻っていました。その日は委員会活動があり、帰りが遅くなってしまいました。西日が低く差し込み、廊下や教室は橙色に染まっていましたが、人影はすっかりなく、校舎は静まり返っていました。

教室で忘れ物を探し、ランドセルに押し込んでから、ふと顔を上げると、天井が目に入りました。天井の一角、古い木枠のライトの周囲に、何か黒っぽい汚れのようなものがついているのに気づきました。

「こんな汚れ、前からあったっけ?」

ふと疑問に思い、つい見つめてしまいました。その瞬間、その「汚れ」が、わずかに動いたんです。

「え……?」

一瞬、目の錯覚だと思いました。けれど、次の瞬間、その汚れの真ん中がパカッと割れ、まるで人の口のように、ゆっくりと開き始めたんです。天井に張り付いたそれは、確かに「口」でした。縁は不気味なほど鮮やかな赤で、内部は真っ暗。歯があるようには見えませんでしたが、黒い中から何か粘つく音が漏れていました。

動けなくなった私の耳に、低くかすれた声が届きました。それは言葉というより、誰かが何かを呟くような、あるいは笑うような音でした。でも、それがただの音でないことは分かりました。何か……何かを「呼びかけている」ような気配がしたんです。

「ここに来い」と言われているような、そんな錯覚に陥りそうになり、私は思わず後ずさりました。その時、天井の口が一瞬にして閉じ、そして消えました。まるで最初から何もなかったかのように。

教室には再び静寂が戻り、私は恐怖で震えながら教室を飛び出しました。廊下を全力で走り抜け、靴箱にランドセルを投げ込むようにして外へ飛び出しました。

家に帰っても、天井の口の記憶が頭から離れませんでした。誰にも話せず、ひたすら布団に潜り込んで震えていました。

後日、意を決して友達に話してみると、彼は「それ、聞いたことある」と言いました。彼の話によると、あの教室では「何かが天井に張り付いているのを見た」という噂が昔からあったというのです。ある子は天井から垂れた舌を見たと言い、また別の子は、「口が笑っていた」と話したとか。

天井の「口」が何だったのか、未だに分かりません。でも、あれがただの夢や幻ではないことだけは確信しています。それ以来、教室の天井を見ることが怖くなり、いつも俯いていました。あの時、もしもっと近づいていたら、あの「口」は私に何をしたのでしょうか……それを想像するだけで、今でも身震いします。

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