ひんやりとしていた

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それは、まだ学生だった頃のことです。夏の終わり、友人たちと一緒に山奥の廃墟を探検するという、少し無鉄砲な遊びをしていました。その廃墟は古い診療所の跡で、地元では「夜になると患者がさまよっている」と噂されていました。もちろん、最初はそんな噂を笑い飛ばしていたんです。

建物の中は湿気でひんやりとしていて、壁紙は剥がれ落ち、床は腐ってギシギシと音を立てていました。懐中電灯の光だけが頼りでしたが、それでもみんなで冗談を言い合いながら進んでいました。廊下の先に手術台らしきものが見えてくると、一人が「ここが一番やばいスポットらしい」と言い出しました。そこまで進むべきかどうか、皆で話し合っているときです。

突然、背後から「カタン」という音がしました。振り返ると、誰もいないはずの廊下の奥に影が見えたんです。その影はじっとこちらを見ているようで、私たちの心臓は一瞬で凍りつきました。友人の一人が「風か何かだろう」と言って笑おうとしましたが、その声も震えていました。

その瞬間、影がふわりと動いたかと思うと、こちらに向かってくるのが見えました。逃げなければと思ったのですが、足がすくんで動けません。影はどんどん近づいてきて、ついに私たちの目の前で立ち止まりました。そして――その中から、何かが低い声で何かをつぶやいたのです。その声は、まるで耳元で聞こえるように鮮明で、しかし何を言っているのかは分からない、不思議な響きでした。

次に気がついたときには、外の冷たい風が頬を打っていました。どうやって外に出たのか、どれだけの時間が経ったのか、まったく覚えていません。ただ、その日からしばらく、夢の中であの影と声を繰り返し見るようになったんです。

今でもその廃墟に行こうとは思いませんし、あれが何だったのか、誰にも話したことがありません。ですが、あの瞬間の恐怖だけは、今でも忘れられないんです。

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