カブトムシに笑われた

スポンサーリンク

カブトムシに「笑われた」という表現が適切かどうか分かりませんが、確かにそうとしか言いようのない出来事でした。

あれは夏の夜、田舎の祖父母の家に滞在していたときのことです。夜風が涼しくて、庭先に出て星を眺めながらぼんやりしていました。ふと近くの木の幹に目をやると、カブトムシがとまっているのが見えました。子どもの頃から好きだった昆虫だったので、懐かしい気持ちでそっと近づいてみました。

カブトムシは動かず、静かに木にとまっていました。手を伸ばして触れようとしたその瞬間、カブトムシが「カタカタ」と奇妙な音を立てました。羽音でも足音でもなく、どこか人間の笑い声を機械的に再現したような音でした。

「カタカタ……カタカタ……」と規則的なリズムで、まるでこちらを嘲笑うかのように響きました。驚いて手を引っ込めた私は、その場に立ち尽くしました。カブトムシはそのまま木からゆっくりと飛び立ち、闇の中へ消えていきましたが、その奇妙な音はしばらく耳に残り続けました。

家に戻り、祖父にそのことを話してみましたが、「気のせいじゃないか」と軽く笑われました。けれど、その夜はどうしても眠れず、あの音が何だったのかを考え続けました。普通の昆虫が立てる音には思えなかったんです。

翌朝、もう一度その木を見に行きましたが、カブトムシはどこにもいませんでした。ただ、木の幹には妙に鮮やかな傷跡がいくつか残っていて、爪で刻んだような線が「笑う」という字に見えるような気がしました。

それ以来、カブトムシを見ても無邪気に手を伸ばすことはできなくなりました。笑い声のような音を耳にした瞬間、何か大きな存在にからかわれたような、不思議な気分になりました。

コメント

タイトルとURLをコピーしました