夜の学校――誰が最初に「忍び込もう」と言い出したのかは覚えていません。ただ、夏休みも終わりに近づいていたあの頃、退屈を紛らわすためのいたずらが、少しずつ度を越えていったのは確かです。学校に忍び込むなんて、やってはいけないことだとわかっていましたが、それでも私たちは妙な高揚感に駆られていました。
その夜、私たちは四人――私、友人の歩夢、啓介、それからもう一人、仮に「慎也」と呼びましょう――が学校の裏門に集まりました。辺りは静まり返り、虫の音だけが響いていました。月明かりが薄く、懐中電灯を持ってきたのは正解でした。
体育館の脇にある窓が開いていることを慎也が確認していて、そこから中に忍び込むことにしました。体育館は広く、天井がやけに高く見えました。夜のせいか、普段の明るさが嘘のように感じられる暗さでした。私たちは体育館を抜け、廊下へと足を進めました。
廊下の床がぎしりと音を立てるたびに、誰かが「静かに!」と囁きました。でも、その静けさが妙に不安を煽ります。誰もが緊張していたのに、啓介だけは妙に楽しそうで、先頭を歩いて「音楽室に行こう」と言い出しました。
音楽室に入ると、埃っぽい空気とピアノの黒い光沢が目に入りました。慎也が悪ふざけで鍵盤を鳴らし、音が廊下に響き渡った時、みんなで息を飲みました。その音がどこかに届いてしまうのではないかと――でも、何も起こりませんでした。少し安心した私たちは、次に理科室に向かいました。
理科室は、昼間でもどこか薄暗い印象がありますが、夜は一層不気味でした。顕微鏡や試験管が並んだ棚が、月明かりに照らされてぼんやりと浮かび上がり、その中にある人形のような骨格標本がやけに生々しく見えました。
「次は屋上だ」と誰かが言い、私たちは階段を上がり始めました。でも、ここで妙なことが起こり始めました。階段を上るたびに、足音がもう一つ増えていくような気がしたんです。
最初は「気のせいだ」と思っていました。でも、誰もがその異変に気づいた頃、歩夢が階段の途中で立ち止まり、振り返りました。
「誰か……いる?」
その言葉に、一同の動きが止まりました。廊下の奥から、かすかに足音が近づいてくるのが聞こえたんです。こちらに向かっている――いや、私たちを追いかけているような、そんな感覚でした。
啓介が小声で「走れ」と言い、私たちは全力で屋上に向かいました。ドアを開けて外に飛び出し、息を切らしながら振り返りました。でも、誰もいませんでした。ただ、廊下の暗闇が静かに口を開けているだけ。
その時、階下から「声」が聞こえました。それははっきりとした言葉ではなく、低いうなり声のようなものでしたが、それがこちらに向けられていることだけは確かでした。
私たちは恐怖で動けなくなりました。そのまま屋上で震えていると、啓介がポケットから花火を取り出しました。懐中電灯の代わりに持ってきたものでしたが、彼はそれを点火して手すりの外に放り投げました。派手な音と光が闇を切り裂き、一瞬だけ学校の中庭が明るく照らされました。
その光の中で、確かに見たんです。中庭の真ん中に立つ何かを――それは人の形をしていましたが、人ではない。長い腕、異様に細い足、そして顔がぼんやりとした黒い影のような存在。
それを最後に、私たちは無我夢中で学校を飛び出しました。家に着くまで誰も一言も発さず、翌日も学校の話題には触れませんでした。
あの夜のことを覚えているのは私だけではないはずです。友人たちも、何かを感じていた。でも、あれが何だったのか、誰も知りません。
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