啓介が行方不明になった夜

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啓介がいなくなったのは、あの夏も終わりに近づいたある日のことでした。まだ日中の暑さが残る夕方、私たちはいつものようにバス停に集まり、何をするでもなく話していたんです。啓介もその場にいました。いつもの無邪気な笑顔で、「学校が始まる前に、もう一度どこか探検に行こうぜ」と言っていたのを覚えています。

それからしばらくして、私たちは解散しました。各自家に帰り、夕飯を済ませた頃――あれは確か夜の8時過ぎだったでしょうか。啓介の母親から「啓介が帰ってきていない」という電話がかかってきたのです。

最初は大したことではないと思いました。啓介は元々好奇心旺盛で、夜遅くまで遊び歩くことも珍しくありませんでした。でも、次第に不安が広がりました。友人たちに連絡を取っても、誰も啓介の行き先を知らない。仕方なく私たちは、啓介が最後に目撃されたバス停に集まり、手分けして探すことにしました。

私が啓介を探しに行ったのは、商店街の裏手にある小さな廃工場でした。以前、啓介が「面白いものがありそうだから探検しよう」と言っていた場所です。懐中電灯を片手に工場の中を歩き回りましたが、人気はありません。ただ、床には何かが引きずられたような跡が残っていました。

その時――背後から「誰か」が私を呼ぶ声がしました。振り返りましたが、誰もいませんでした。ただ、工場の奥からかすかな光が漏れているのが見えました。まるで啓介が懐中電灯を持っているかのように。

「啓介!」私は声を上げましたが、返事はありません。それでも光に引き寄せられるようにして奥へ進むと、そこには小さな部屋がありました。部屋の中央には古いテーブルがあり、その上に啓介のものと思われる帽子が置かれていました。妙なことに、それ以外のものは何もなく、啓介の姿もありません。

帽子を手に取った瞬間、部屋の空気が一変しました。背筋が凍るような冷気が襲い、耳元で囁くような音が聞こえたんです。それははっきりした言葉ではありませんでしたが、何かを「奪い合う」ような、複数の声が重なり合っていました。

その時、私の懐中電灯が突然消えました。暗闇の中で足元の感触が消え、まるで底なしの空間に立たされているような感覚に襲われました。パニックになりながらも、なんとか部屋を飛び出しました。そして振り返ると――部屋は、もうそこにはありませんでした。まるで最初から存在しなかったかのように。

その後、警察にも捜索願が出され、私たちも何日も探し回りました。でも、啓介は見つかりませんでした。帽子も、あの工場のどこにも見当たらなくなっていました。

それから数年後、啓介の家族が引っ越す際に家を片付けていた時のことです。押し入れの奥から、啓介が当時着ていた服と同じ柄のシャツが見つかったと聞きました。でも、それはただのシャツではなく、異様に汚れていて、泥のようなものが乾いた跡が残っていたそうです。

もう二度と帰ってこないのでしょう。そんな気がします。

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