あるノート

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大学時代のこと。ある授業で私はノートをきっちり取っていて、講義に出られなかった友人たちに何度も貸していた。そんな中、特に仲が良かったKが、風邪で1週間ほど休んだ時に「ノートを貸してくれ」と頼んできた。

「いいよ」と気軽に応じてノートを渡した。その日の講義後、Kがニコニコしながら言った。

「ありがとう。助かったわ。また頼むかも」

特に気にせず、その後もノートを貸すことが続いた。Kはきちんと返してくれるし、私はノートを他の友人にも貸していたので、あまり深く考えなかった。

そんなある日、Kが突然、大学を休むようになった。何かあったのかと他の友人に聞いても、理由は分からない。1週間経っても姿を見せないので心配になり、彼のアパートを訪ねた。部屋のドアをノックしても反応がなく、管理人に頼んで中を確認してもらった。

部屋の中は荒れた様子もなく、生活の跡がそのまま残っている。ただ、Kはいなかった。

机の上には、私のノートが置かれていた。それを開くと、いつも私が書いている講義内容のページの横に、何かが鉛筆で書き込まれていた。

「ありがとう。でも返せない」

警察にも連絡し、しばらくはKの失踪が話題になったが、次第に誰も話さなくなった。ただ私は、Kが最後に書いたあのメッセージが引っかかっていた。ノートの隅にはさらに別の文字もあった。

「次に返すよ」

意味が分からず、そのノートは部屋の本棚にしまい込んだ。それから数か月経ったある日、私はそのノートを開いてぎょっとした。

いつも講義を取るために使っていたページの隅に、知らない手書きの文字が増えていたのだ。

「ここにいるよ。助けて」

最初は冗談かと思った。誰かが私の部屋に入り、ノートにいたずらをしたのかもしれない。しかし、その文字を消しても、しばらくすると同じ文字が浮かび上がる。そして文字の内容は少しずつ変わり始めた。

「戻りたい」「一緒に来て」「見つけて」

やがて講義で使うノートを変えることにしたが、それでも古いノートは捨てられなかった。そしてある日、夢の中でKと再会した。

彼は大学の教室に座っていて、私のノートを開いて何かを書いている。彼に「どこにいるの?」と聞くと、笑顔でこう答えた。

「ここだよ。でも、君も来る?」

目が覚めると、ノートには新しい文字が増えていた。

「最後の講義で会おう」

それ以来、そのノートには触れていない。引っ越す時も、どうしても捨てることができず、荷物に紛れてどこかに仕舞ってある。時々、気配のようなものを感じるけれど、ノートを開く気にはなれない。

最後の講義とは、いつのことなのだろう。

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