ポケベルのメッセージ

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大学生の頃、平成中期の話だ。当時は携帯電話がようやく普及し始めた頃で、私はまだポケットベルを使っていた。親からのお小遣いでは携帯なんて高嶺の花だったし、友達との連絡には十分だったからだ。

ある日、夜遅くまでバイトをしていて、終電にギリギリ間に合った。疲れ果てた状態で満員電車に揺られ、家に着いたのは深夜0時を過ぎていた。

アパートに帰ってシャワーを浴びようとした時、ポケットベルが鳴った。数字が画面に浮かび上がる。「緊急」のコードと共に、見覚えのない番号だった。こんな時間に誰だろう?と不審に思いながらも、眠気が勝ってそのまま寝ることにした。

翌日、大学の講義が終わってから公衆電話でその番号にかけてみた。受話器を取ると、妙に冷たい機械音声が流れてきた。

「この番号は現在使われておりません」

使われていない番号からメッセージ?腑に落ちなかったが、特に気にせず電話を切った。

ところが、その日を境に、夜になるとまたポケットベルが鳴るようになった。毎回同じ番号、同じ「緊急」のコードだった。怖くなって、番号を無視するようにしても、それでもメッセージは止まらない。

ある夜、どうしても気になって、番号を再びかけてみた。すると今度は、機械音声ではなく、誰かの息遣いのような音が聞こえた。電話越しに何か囁くような声も混じっているが、内容は聞き取れない。

「誰だ?」

震える声で問いかけたが、応答はない。ただ、不気味な静寂と時折混じる囁き声だけが続いていた。怖くなって電話を叩き切った。

次の日、意を決してポケットベルの販売店に行き、番号の発信元を調べてもらった。店員は困惑した顔をして、「この番号は登録されていない」と言う。それどころか、発信履歴そのものが機器に残っていないらしい。

「いや、確かにこの番号から来てるんです!」と訴えたが、店員は首をかしげるばかりだった。

その晩も、ポケットベルは鳴り続けた。布団の中で怯えながら、「この番号はどこから?」と問いかける自分がいた。どうしようもなくなり、机の引き出しにポケットベルをしまい込んだ。

それから数日後、駅のホームで電車を待っている時、ふと視界の端に見覚えのあるものがあった。ポケットベルの画面に浮かんでいた番号が、ホームの壁に書かれていたのだ。

小さく掠れた文字で、こう書かれていた。

「○○○-△△△△、最終電車に注意」

心臓が凍りついた。まさに今、私は最終電車を待っている。

ガタン、と電車がホームに滑り込む音が聞こえた。恐怖で足がすくみ、乗るべきか迷っていると、すぐ隣に立っていたサラリーマンがふらつきながら線路に落ちた。慌てて周囲が助け出そうとしたが、間に合わなかった。

その瞬間、私のポケットベルが鳴った。しまったはずのポケットベルが、いつの間にかポケットに戻っていて、そこには「緊急」とだけ表示されていた。

それ以降、ポケットベルのメッセージは届かなくなった。でも、夜遅くなると時々、自分の耳元で「注意」という囁き声が聞こえる気がする。

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