その夜、僕は久しぶりに幼馴染の家に遊びに行った。幼馴染の家は古く、子供の頃よく遊びに行っていたが、大人になってからはすっかり疎遠になっていた。懐かしさもあって、その日は彼の家で酒を飲みながら昔話に花を咲かせた。
家自体は何も変わっていなかった。木造の古い家で、廊下を歩くと軋む音がする。ところどころ壁に小さな節穴が空いていて、子供の頃はその穴を覗いて遊んでいたのを思い出した。
夜も更け、二人でその懐かしい節穴について話していた時、幼馴染がぽつりとこう言ったんだ。
「最近、その節穴から妙な声が聞こえるんだよ。夜中にさ、『待て待て~』ってね。」
冗談だろうと思い、笑って聞き流したが、彼は真剣な顔をしていた。僕は半信半疑ながらも、その節穴に興味が湧いて、実際に聞こえるのか確かめてみようと思った。酔った勢いもあって、寝る前に一度節穴を覗いてみることにしたんだ。
廊下の角にあるその節穴は、子供の頃と変わらず、小さな丸い穴がぽつんと壁に開いていた。僕はしゃがんでその穴を覗き込んだが、向こう側は真っ暗で何も見えない。
「やっぱり、ただの穴じゃないか」と思い、少し笑って立ち上がろうとしたその時だった。
「待て待て~」
背後で、突然聞こえてきた。確かに、人の声で、何かを追いかけるような軽い調子の声だった。
その瞬間、背筋が凍りついた。誰かが後ろにいるのかと思い、振り返ったが、廊下には誰もいなかった。ただの無音、そして薄暗い古い家の廊下が続いているだけだ。
「何だったんだ…?」
心臓が激しく脈打ち、混乱しながらも再び節穴を覗き込んだ。今度はさらに不気味なことが起きた。暗闇の中に、何か動くものが見えたんだ。小さな手のようなものが、穴の向こうでうごめいていた。それが何か分からないが、僕はとっさに穴から目を離した。
「待て待て~」と再び聞こえてきた声は、今度ははっきりと耳に届いた。それはまるで、僕を呼んでいるかのように、節穴の向こうから響いていたんだ。
怖くなって、慌ててその場を離れたが、頭の中には「待て待て~」という声がしつこくこびりついて離れなかった。
その晩、布団に入っても眠れず、節穴の向こうにいた「何か」を考え続けていた。あの声は本当に何だったのか。僕を呼んでいたのは、あの小さな手の持ち主だったのか? そして、もし僕が逃げずにその場に留まっていたら…一体どうなっていたのだろうか。
それ以来、あの家には行けなくなった。あの節穴からまた「待て待て~」と呼ばれるのが怖くて仕方ないんだ。
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