ある大学に通うT君が体験した話です。T君は大学の研究室で、夜遅くまで課題に取り組むことがよくありました。キャンパスは広く、学生のほとんどが帰宅した後は静寂が訪れ、どこか物寂しい雰囲気になります。特にT君のいる研究棟は、築年数が古く、夜になると廊下の照明が薄暗く、まるで人の気配が消えたような空間が広がります。
その夜も、T君は深夜近くまで実験レポートをまとめていました。研究室は4階にあり、窓からはキャンパス全体が見渡せるようになっていますが、夜は真っ暗で外の景色もほとんど見えません。そんな中、彼は一心不乱に作業を続けていました。
ふと、T君は何か視線を感じました。窓の外、暗闇の中から何かがこちらを見つめているような気配です。気のせいだろうと思って作業に集中し直したのですが、視線はどうにも気になる。気になって、ついにT君は窓の外を見てしまいました。
すると、外の木陰に、何か「人みたいなもの」が立っているんです。
その「人みたいなもの」は、人の形をしているのですが、はっきりとは見えません。まるで、黒い靄のような、影のようなものが、そこに佇んでいました。顔もはっきりせず、ただぼんやりとしたシルエットだけが人のように見える。T君はぞっとしましたが、「ただの影かもしれない」と思い直し、目をそらしてまたレポートに集中しようとしました。
しかし、その影のような存在が、少しずつ動いていることに気づいたんです。
最初はゆっくりと、まるで風に揺れる木のように。しかし次第にその「人みたいなもの」がT君の方へ近づいてくるのが見えました。T君は焦り、窓を閉めようと立ち上がりましたが、足が震えて動けない。だんだんその存在がはっきりとしてきて、人のような形が鮮明になりつつありました。
ただ、顔が見えない。
T君は慌ててカーテンを閉め、震える手でデスクに戻りましたが、その時、背後で「カタッ」と何かが動く音がしました。振り向くと、研究室のドアが少し開いていたんです。ドアの隙間から、さっきの「人みたいなもの」が覗いているような気がしました。
その瞬間、T君はすべてを理解しました。
あれは、人じゃない。
T君は恐怖に駆られ、急いで荷物をまとめて研究室を飛び出しました。廊下を駆け抜けると、まるで後ろから何かがついてくるような気配がして、足音が響きました。しかし、振り返る勇気はなく、ただひたすら階段を駆け下り、大学の外まで逃げ出しました。
後日、T君は友人にその話をしましたが、誰も信じませんでした。ただ一人、大学で長く働いている教授がこう言ったそうです。
「ああ、あの影の話か。あれ、昔から見たっていう学生がいるよ。人みたいなものだけど、決して人じゃないんだ。近づくと、いつの間にか中に入ってくるらしいよ。」
T君はそれを聞いて、もう二度と夜遅くまで大学に残らないと心に決めたそうです。
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