ある日曜日の夕方、私は近所のスーパーに行くために、ふらりと外に出た。週末の買い物をするのはいつものことだが、その日は少し気分が違っていた。なんとなくぼんやりしていたせいか、道行く人々の顔をあまり意識せずに歩いていた。どこか、疲れがたまっていたのだろう。
スーパーに入ると、店内は比較的空いていて、静かな雰囲気が漂っていた。棚の間を歩きながら、いつも買うものを手に取っていると、背後からふと声が聞こえた。
「〇〇さん?」
振り返ると、見知らぬ男性が私をじっと見ていた。彼は中年くらいの年齢で、少し疲れたような顔をしていた。名前を呼ばれた瞬間、私は彼が誰なのかまったく思い出せなかったが、慌てて「はい?」と返事をした。
「久しぶりだなあ…〇〇さんじゃないか?」と彼が続ける。私は微笑んで返事をしたが、内心は困惑していた。どう考えても、その人には見覚えがない。だけど、どうしてかその場の雰囲気で、否定するのも妙に躊躇われた。何より、彼の目には確信があった。
「お元気そうで、何よりだよ」と言って、彼は私に近づいてきた。私は軽く笑いながら「ええ、まあ…」と適当に返事をするしかなかった。会話はぎこちなく続き、彼が昔のことを懐かしむように語りかけてくるたびに、私は少しずつ恐怖を感じ始めた。
「そういえば、あの時の話、覚えてる?一緒に…」と彼が昔の出来事を話し始めたが、私は何のことだか全く分からなかった。焦りを感じた私は、「すみません、実は…」と言いかけたが、その時、彼の目が急に鋭くなった。
「…あれ、君、〇〇じゃないな?」
その瞬間、背筋が冷たくなった。今まで親しげに話していたその男性の顔つきが、まるで別人のように変わったのだ。彼の目は、私をじっと見据えながら、疑いの色を浮かべていた。そして、じりじりと近づいてくる。
「…君、誰だ?」
私は一瞬言葉を失い、ただその場に立ち尽くしていた。なんとか笑ってごまかそうとしたが、笑いが喉の奥で詰まってしまった。その時、私の心に一つの考えが浮かんだ。「この人は、私を見ていない…私の中に、別の誰かを見ているんだ。」
「…すみません、人違いだと思います」と、ようやく声を絞り出した。彼は無言で私を見つめ続けたが、やがて一言も言わずに立ち去った。その背中を見送ると、突然周囲の音が戻ってきた。スーパーのざわめき、レジの音、すれ違う人々の足音――すべてが一気に現実に引き戻してくれた。
だが、心のどこかに不安が残ったままだった。あの男は、確かに私を「〇〇」と呼び、何かを知っているような目をしていた。結局、その後の買い物はそそくさと済ませ、急いで家に戻った。
しかし、玄関のドアを開けて中に入った瞬間、再び背中に寒気が走った。リビングに置いた私のスマートフォンが、知らない番号からの着信を示していた。画面を見つめながら、私は再び、あの男の目を思い出していた。
「君、誰だ?」
私の中で、その声がこだまのように響いていた。
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