繭の中にいた

スポンサーリンク

あれは昭和四十年代の、秋も深まった頃の話だ。今ではすっかり変わってしまったが、当時はまだ田舎の一部では養蚕が盛んで、あちこちに桑畑や繭蔵が残っていた。私の叔父もそんな一人で、養蚕を生業としていた。

叔父の家は少し山奥にあり、訪れる度に私はその古い家に何とも言えない静けさと、少しの不気味さを感じていた。家の隣には大きな蔵があり、そこには毎年たくさんの繭が貯蔵されていた。白く丸い繭玉が積み重なっているのを、子供の頃は興味深く見ていたものだ。

ある晩、私が叔父の家に泊まっていた時のことだ。その日は外が妙に静かで、風の音すら聞こえない。叔父が早く寝てしまった後、私は一人、居間に残っていた。ぼんやりとストーブの火を見つめながら過ごしていたが、ふと、蔵の方から何か音がしたような気がした。何だろうと思い耳を澄ませたが、その時は特に気にしなかった。

しかし、その夜中、私ははっきりと目を覚ました。どうしてだろう、窓の外から、微かに何かが擦れるような音が聞こえるのだ。布が風に揺れるような、かすかな音だが、それが何かしら異常に感じた。半分眠りながらも、その音の出所を探そうとしたが、音は止むことなく続いている。

とうとう、私は部屋を出て、蔵の方へ向かうことにした。暗闇の中、懐中電灯を持って庭に出ると、寒気が一気に押し寄せてきた。蔵の方へ近づくにつれ、音ははっきりしてきた。まるで何かが蔵の中で動いているような…いや、むしろ誰かが中で作業しているような音だった。

蔵の扉に手を掛け、開けようとしたその時、異様な気配を感じた。中からは生暖かい風が吹き出してきて、鼻をつく妙な匂いが漂ってきた。何かが焦げたような、でもそれだけじゃない…何か腐ったような匂いも混ざっている。

恐る恐る扉を開けると、中は薄暗く、繭の山がぼんやりと白く浮かんでいた。だが、その中に何かがいる。何かが動いているのだ。

目を凝らして見ると、繭の中から何かが蠢いている。小さな虫が動いているのかと思ったが、いや、違う。繭玉がゆっくりと膨らんでいるのだ。それはまるで、内側から何かが押し出されてくるようだった。次の瞬間、バリッと音を立てて繭の一つが破れ、中から白い手が突き出てきた。

私は一瞬、息が止まった。そこから這い出してきたのは、まるで人間のような形をしたものだったが、明らかに何かがおかしい。その顔は、顔というには余りに不気味で、まるで顔の皮が全部剥がれ落ちたかのような、骨ばった姿だった。そして、その手は私の方に向かって伸びてきた。

気が付けば、私は一目散にその場を離れていた。蔵から飛び出し、叔父を叩き起こして、すべてを話そうとしたが、どうにも声が出ない。震えが止まらず、ただ息を切らせるばかりだった。

翌朝、叔父と一緒に蔵を確認しに行ったが、そこには何の異変もなかった。繭はきちんと積み重なっていて、あの夜の光景が夢だったかのように思えた。だが、私が触れた繭玉の一つだけは、微妙に破れていた。

その後、私は二度と叔父の家を訪れることはなかった。

コメント

タイトルとURLをコピーしました