これは、数年前に友人とドライブに出かけたときの話です。目的地は特に決まっておらず、気まぐれで山間部のほうに車を走らせていました。夏の終わりの夜、月明かりが薄っすらと照らす静かな山道。気持ち良い風が車内に入ってくる中で、友人がふとこんなことを言いました。
「この先に、廃墟群があるんだよ。昔はリゾート地だったらしいけど、今は誰も住んでないってさ。行ってみる?」
廃墟という言葉を聞いて、一瞬戸惑いましたが、好奇心には勝てませんでした。深夜のドライブで少し冒険気分もあって、「面白そうだな」と思い、行ってみることにしました。
山道をさらに進むと、やがて木々が途切れ、広い開けた場所に出ました。そこには、ぽつんぽつんと何棟かの建物が立ち並んでおり、かつてはホテルや別荘地だったのだろうと思われる場所でした。しかし、全ての建物は荒れ果て、窓ガラスは割れ、草が茂り、まさに「廃墟群」という言葉に相応しい場所でした。
車を降りて、足元を照らしながらその一帯を歩き回ることにしました。建物はどれも老朽化しており、崩れかけた壁や床が今にも崩れ落ちそうでした。空気も重く、何かが潜んでいるような不気味さが漂っています。
そして、私たちがある建物の前に立った時でした。突然、耳元でかすかな声が聞こえたんです。
「…たす…けて…」
最初は風の音かと思いましたが、確かに「助けて」と囁いているように聞こえました。驚いて辺りを見回しましたが、誰もいない。友人も不審そうな顔をして、「今、何か聞こえなかった?」と声をひそめました。
確かに聞こえたんです。私だけじゃない、友人も同じ声を聞いたんです。急に背筋が凍りつくような感覚に襲われ、その場を離れようとしましたが、なぜか足が動きません。まるで、何かに引き寄せられているような気がしました。
「ここ、出よう」と友人が焦った声で言い、私たちは急いで車に戻りました。しかし、車を走らせ始めてすぐ、バックミラーに何かが映ったんです。振り返っても何も見えないのに、ミラー越しに、廃墟の中の窓からこちらをじっと見つめる「影」が見えました。あれは人影ではなく、何か別の、もっと異質な存在…。
慌ててアクセルを踏み、廃墟群から離れましたが、その後も何度かバックミラーに「影」が映り続けていました。
その後、地元の人に廃墟群のことを尋ねてみると、あの場所はかつて賑わっていたリゾート地だったそうですが、ある年に山崩れが起き、滞在していた客や従業員が閉じ込められ、多くの命が失われたそうです。それ以来、あの場所には誰も近づかず、今では廃墟だけが残っているのだとか。
「だからね、あそこに行くと、時々誰かが助けを求めてくるんだよ…」
その言葉を聞いた瞬間、私たちが耳にしたあの「助けて」という声が脳裏に甦り、ゾッとしました。あの夜、私たちは何かを見て、何かを感じ取ってしまったのかもしれません。もう二度と、あの場所には近づくことはないでしょう。
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