大学に入ってから、一人暮らし用の小さなアパートに引っ越したんだ。築年数はそこそこ古いけど、家賃も安くて、大学からも近かったから、特に文句はなかった。部屋に慣れるまではちょっと時間がかかったけど、数週間も経てばすっかり居心地が良くなってきた。
ただ、夜になると、少し気になることがあったんだ。それは「床の軋む音」だ。
このアパート、夜になると床が妙に軋むんだよ。自分が歩くと当然のようにギシギシ音がするんだけど、俺が動いてないのに、どこかで床が軋む音が聞こえるんだ。特に夜中、静かになった頃になると、部屋のどこかで「ギシッ……ギシッ……」って音が響く。
最初は隣の部屋の住人か、上の階の人が歩いてるんだろうって思ってたけど、どうにも音の方向が自分の部屋の中からしてるような気がしてならなかった。ベッドに横になってる時、部屋の奥の方で微かに軋む音がして、そのたびに「何だろうな……」って気になってたんだ。
そんなある晩、寝ようとしていた時のことだった。床の軋みが、いつもよりも大きく聞こえてきたんだ。「ギシ……ギシ……」って、まるで誰かがゆっくりと部屋の中を歩いてるみたいに。
「またか……」と思いながらも、気にせず寝ようとしたんだけど、その時だった。今度は「ギシッ」という音に混じって、微かに「キリキリ……」っていう音が聞こえたんだ。最初は何の音か分からなかった。でも、その音がだんだん大きくなってきて、はっきりと分かったんだ。
それは「歯ぎしり」の音だった。
誰かが俺の部屋で歯をギリギリと鳴らしているような音が、部屋の中に響いてきたんだ。心臓がバクバクして、布団の中で固まったまま動けなくなった。床の軋みと歯ぎしりの音が交互に聞こえてくる。まるで、誰かがゆっくりと俺の部屋の中を歩きながら、歯を鳴らしているかのように。
勇気を振り絞って目を開けてみたけど、部屋は真っ暗で何も見えない。音は、徐々に俺のベッドの方に近づいてきている気がした。「誰かがいる……でも、誰もいないはずだ……」と頭の中で混乱しながらも、身動きできなかった。
そして、歯ぎしりの音がベッドのすぐそばで止まった。
その瞬間、全身が凍りついた。音は止まったけど、空気が張り詰めたような、異様な緊張感が部屋に漂っていたんだ。俺は布団を頭までかぶって、ただただ震えながらその場にいた。
気づいた時には朝になっていた。あの夜のことが夢だったのか現実だったのか、よく分からない。でも、それ以来、夜中の床の軋みや歯ぎしりの音は聞こえなくなったんだ。
ただ、一つだけ気になることがあった。翌朝、部屋を掃除していた時に、床の隅っこに小さな歯のようなものが落ちていたんだ。
あの夜の音が何だったのか、あの歯が誰のものだったのか、今でも分からないままだ。
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