その夏、私は友人のユウタと一緒に海辺の小さな町に来ていた。都会の喧騒から離れ、のんびりと過ごすためだった。空は青く澄み、夏の日差しが海面に輝いていた。遠くには大きな入道雲が浮かび、夏らしい景色が広がっていた。
「いい天気だな」
ユウタが笑顔で言った。私たちは砂浜に座り、波の音を聞きながらリラックスしていた。目の前には広がる海があり、波が穏やかに寄せては返していた。
しばらくして、ユウタがふと空を見上げた。
「見てくれ、あの入道雲。すごく大きいな」
私はユウタの指差す方を見た。確かに、大きな入道雲が空に浮かんでいた。白い雲が青空に映え、その影が海面に映っていた。私はしばらく雲を見つめていたが、何か奇妙なことに気づいた。
「おかしいな…」
私は呟いた。入道雲の影が海面に映っているのだが、その影が藍色に染まっているように見えた。普通の影とは違い、何か特別なものがその中にあるように感じられた。
「どうした?」
ユウタが私の様子に気づき、尋ねてきた。私は藍色の影を指差した。
「あの影、何か変じゃないか?普通の影よりも濃いし、藍色に見える」
ユウタも影を見つめたが、特に気にする様子はなかった。
「まあ、影なんてそんなもんだろう。気にすることないさ」
彼はそう言って笑ったが、私はどうしても気になっていた。あの藍色の影が何かを隠しているような気がしてならなかった。
その日の夕方、私たちは海辺を歩いていた。夕日が沈み始め、空が赤く染まっていた。海も夕日に照らされて、黄金色に輝いていた。しかし、入道雲の影はまだそこにあった。藍色の影が、静かに海面に広がっていた。
「やっぱり、あの影が気になるな」
私はユウタに言った。彼はため息をついて、私の肩を叩いた。
「そんなに気になるなら、近づいてみようぜ。もしかしたら、何か面白いものが見つかるかもな」
ユウタの言葉に、私は少し迷ったが、興味が勝った。私たちは藍色の影に向かって歩き出した。影は海岸線に沿って広がっていて、近づくにつれて濃くなっていった。
「なんだ、これ…?」
影の中に足を踏み入れると、周囲の音が急に消えた。波の音も、風の音も聞こえなくなり、ただ静寂が広がっていた。私は恐怖を感じながらも、さらに影の中に進んだ。
影の中はひんやりとしていて、まるで別の世界にいるかのようだった。周りの景色がぼんやりと見え、現実感が薄れていくように感じた。ユウタも私の隣で黙っていたが、その顔は不安そうだった。
「ここ、なんか変だな…」
ユウタが呟いた。その時、突然何かが私たちの前に現れた。藍色の影の中から、人影のようなものが浮かび上がった。形は曖昧で、まるで水面に映る影のようだった。
「なんだ、あれ…?」
私は驚いて後ずさりした。人影は静かに動き始め、私たちに近づいてきた。その影の中には何かが隠れているように感じた。まるで影の中でだけ存在する何かが、私たちに訴えかけているようだった。
「早く、出よう…!」
ユウタが私の腕を引っ張り、影の外に出ようとした。その時、人影が急に私たちの前で止まった。藍色の影の中で、目が輝いているのが見えた。その目は冷たく、何かを見つめているようだった。
「何だ…?」
私は恐怖で体が硬直し、動けなくなった。その目が私を見つめ、何かを伝えようとしている。まるで影の中でしか見えない何かが、私に訴えかけているようだった。
「行こう!」
ユウタが再び叫び、私はようやく動き出した。私たちは影の中を駆け抜け、光の中に飛び出した。波の音と風の音が再び耳に入り、現実が戻ってきた。
「何だったんだ…?」
私は息を整えながら、藍色の影を見つめた。しかし、影の中にはもう何も見えなかった。人影も消え、ただ静かに影が広がっているだけだった。
その後、私たちは二度とあの藍色の影に近づくことはなかった。あの影の中で見たものが何だったのか、今でも分からない。ただ一つ確かなのは、あの影の中でだけ存在する何かが私たちを見ていたということだ。
あの夏の日、入道雲の影の中で何があったのか、答えは見つからないままだ。ただ、あの藍色の影が私たちに何かを見せようとしていたことは間違いない。影の中でしか見えない何かが、私たちに訴えかけていたのだろう。
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