燃えているのに燃えていない

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ある冬の夜、私は一人でアパートの自室にいた。外は寒く、冷たい風が窓を叩いていた。私は暖房をつけ、温かい飲み物を片手にソファでくつろいでいた。部屋の中は暖かく、居心地が良かった。

時計が午後11時を指していた時、突然、隣の部屋から大きな音が聞こえた。ドンという音と共に、何かが床に倒れるような音だった。私は驚いて立ち上がり、隣の部屋の壁に耳を当てた。

「何だ、今の音…?」

隣人は年配の男性で、一人暮らしをしている。普段は静かに過ごしている人で、こんな時間に物音がするのは珍しい。私は心配になり、部屋を出て隣のドアをノックした。

「すみません、どうかしましたか?」

しかし、応答はなかった。私はさらに不安になり、ドアノブを回してみた。幸い、鍵はかかっていなかった。私は静かにドアを開け、中に入った。

部屋の中は薄暗く、何か焦げ臭い匂いがした。私は不安を感じながら、リビングルームに進んだ。そこで見た光景に、私は言葉を失った。

リビングルームの中央に、隣人が倒れていた。その体は炎に包まれていたが、奇妙なことに、炎は静かで燃え上がる音もなく、煙も上がっていなかった。まるで、燃えているのに燃えていないかのようだった。

「何だ、これは…?」

私は恐怖で体が震えた。隣人の体は確かに炎に包まれていたが、炎は何も燃やさず、ただその場で静かに揺れているだけだった。私は一瞬、夢を見ているのではないかと思った。

その時、隣人が突然動き出した。彼はゆっくりと立ち上がり、炎に包まれたまま私を見つめた。その目はまるで何かに取り憑かれたかのようで、私に言葉をかけた。

「助けて…」

その声はかすかで、まるで遠くから聞こえてくるようだった。私は恐怖で後ずさりし、部屋のドアに背をぶつけた。隣人は私に向かって一歩ずつ近づいてきた。彼の体は炎に包まれているのに、その炎は何も燃やさない。

「助けて…お願い…」

隣人の声が再び響いたが、私は何もできなかった。彼がさらに近づくと、その炎の中に何かが見えた。まるで人の手が炎の中で揺れているかのようだった。その手が私に向かって伸びてくる。

「やめて…」

私は震えながら叫んだ。しかし、隣人の動きは止まらなかった。彼の手が私の方に伸び、炎が私を包み込むように感じられた。次の瞬間、私は何もかもが暗くなるのを感じ、意識を失った。

目が覚めると、私は自分の部屋の床に倒れていた。全身に冷たい汗をかいていたが、怪我はなかった。私は何が起こったのか理解できず、ただ息を整えようとした。

その後、私は隣の部屋を訪れることはなかった。あの日の出来事が現実だったのか、それとも夢だったのか、答えは見つからなかった。ただ、隣人の部屋から焦げ臭い匂いがしたことだけは確かだった。

数日後、隣人が突然いなくなったと管理人から聞かされた。部屋は空っぽで、彼の姿はどこにも見当たらなかった。私はその話を聞いても驚かなかった。あの夜の光景が、今でも頭から離れなかったからだ。

あの部屋で何が起こったのか、隣人がどこに消えたのか、私には分からない。ただ一つ確かなのは、あの燃えているのに燃えていない炎が、私の心に深い恐怖を残したということだ。何かがあの部屋に存在し、それが隣人を連れて行ったのだと、私は信じている。

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