私が住んでいる町は、のどかな田舎町だ。毎日同じ道を歩いて会社に行き、同じように家に帰る。特に変わり映えのない日々が続いていたが、それが私にとっては心地よかった。
ある日、いつものように仕事を終え、家に帰る途中で、奇妙な光景を目にした。道端に小さな男の子が立っていて、何かをじっと見つめていた。私はその子の視線の先を追った。
男の子の前には古い石垣があった。石垣は所々崩れていて、何年も手入れされていないようだった。男の子はその石垣に向かって、何度も石を投げていた。石が石垣に当たるたびに、カチンと音が鳴った。
「何をしているんだろう?」
私は気になり、近づいてみた。男の子は私に気づくと、一瞬動きを止めたが、すぐにまた石を投げ始めた。その顔は無表情で、何かに取り憑かれたかのようだった。
「君、何をしているの?」
私は男の子に声をかけた。しかし、男の子は私の方を見向きもしなかった。彼はただひたすらに石を投げ続けた。私は少し不安を感じながらも、その場を離れた。
次の日も、私は同じ道を通った。すると、昨日の男の子がまだ石垣の前に立っていた。彼は同じように石を投げ続けていた。私は再び彼に近づき、声をかけた。
「何をしているのか教えてくれない?」
男の子は一瞬だけ私を見たが、すぐにまた石を投げ始めた。彼の目はどこか遠くを見ているようで、私の声が届いていないようだった。
その後も、私は毎日同じ道を通り、そのたびに男の子を見かけた。彼は毎日同じ場所で、同じ石垣に向かって石を投げていた。私は次第に彼のことが気になり始めた。
ある日、私は男の子の家を訪ねてみることにした。近所の人に聞いたところ、彼の家は石垣の近くにあるという。私はその家を訪ね、ドアをノックした。
出てきたのは、男の子の母親だった。彼女は疲れた表情をしていて、私が話しかけると、深いため息をついた。
「あの子は、石を投げるのをやめないんです」
彼女はそう言いながら、涙を浮かべた目で私を見つめた。
「何か理由があるんですか?」
私は尋ねたが、彼女は首を振った。
「分かりません。ただ、彼はあの石垣に何かを見ているんです。何度も止めようとしましたが、あの子は私の言うことを聞いてくれません。まるで何かに取り憑かれているかのようで…」
彼女の言葉に、私は背筋が寒くなった。あの無表情な男の子が石垣に向かって投げ続ける石、その背後にある何かが、私には理解できなかった。
次の日、私は意を決して男の子に話しかけてみることにした。彼が石を投げている場所に近づき、彼の横に立った。
「君は何を見ているの?」
私は問いかけたが、男の子は答えなかった。ただ、無言で石を投げ続けた。私は彼の顔をじっと見つめ、彼の目の中に何かを探そうとした。
その時、男の子が突然口を開いた。
「限界が来るまで…」
彼の声は低く、耳に届くか届かないかの音だった。私は驚いて彼の顔を見た。彼の目は暗く、何かを恐れているように見えた。
「限界が来るまで…」
彼は再び同じ言葉を繰り返し、石を投げ続けた。その言葉が何を意味するのか、私には理解できなかった。ただ、その言葉が何か恐ろしいことを予感させるものだったことだけは確かだった。
その後、私は再びその道を通ることはなかった。男の子の無表情な顔と、彼の投げる石が石垣に当たる音が、今でも耳に残っている。あの日、彼が見ていたものが何だったのか、彼の「限界」という言葉が何を意味していたのか、答えは見つからないままだ。
石を投げ続ける男の子と、彼の見ていたものが、私の中で謎のまま残り続けている。
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