花丸

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私が小学生だった頃、学校には一つの特別な儀式があった。それは「花丸の日」と呼ばれる行事で、毎月一度、クラスの中で最も努力した子供に「花丸」という特別な賞が与えられる日だった。花丸をもらった子供は、その日の放課後に特別なケーキが振る舞われ、みんなの前で表彰されるという特別な扱いを受けた。

私のクラスには、よく花丸をもらう子供がいた。彼の名前はアキラで、成績も良く、スポーツも得意な人気者だった。いつも笑顔で、先生たちにも好かれていた。花丸の日が近づくと、みんながアキラが選ばれるのを期待していた。アキラ自身も、花丸をもらうことが当たり前だと思っているようだった。

ある日、クラスで美術の授業があり、先生は「好きなものを描きなさい」と言った。私は何を描こうか迷ったが、思い出の中にある風景を描くことに決めた。それは、祖父母の家の庭に咲いていた見事な桜の木だった。桜の花びらが舞い散る光景が好きで、何度もその風景を思い出していた。

描き終わると、私は自分の絵を見て満足した。桜の花びらが風に舞い上がる様子を表現できたと思った。しかし、授業が終わると同時に、アキラが私のところにやってきた。

「へえ、桜の木か。まあまあだね」

彼は軽く笑って私の絵を見た。アキラの絵は、いつものように素晴らしかった。色使いが鮮やかで、まるで生きているかのような動物が描かれていた。彼の絵は、先生からも絶賛されていた。

「まあ、君の絵も悪くないけど、僕の絵の方がすごいだろう?」

アキラは自信満々に言った。私は少し悔しい気持ちになったが、彼の言葉を否定することはできなかった。

その月の「花丸の日」がやってきた。教室には緊張感が漂い、先生が花丸を発表する瞬間を待っていた。私は自分の名前が呼ばれることはないだろうと思っていた。アキラがまた花丸をもらうに違いないと、誰もが思っていた。

しかし、先生が発表した名前は、私の名前だった。

「今月の花丸は、マコト君です!」

教室が静まり返った。私自身も驚いて言葉を失った。アキラの顔が一瞬、硬直したのを見逃さなかった。彼は何かを言おうとしたが、口を閉じて黙ってしまった。

「マコト君の絵は、本当に素晴らしかった。桜の花びらが舞い散る様子がとても美しく描かれていました」

先生の言葉に、私はようやく立ち上がり、前に出た。クラスメートたちが拍手を送ってくれたが、その中にはアキラの拍手がなかった。彼の目が、じっと私を見つめていた。

放課後、花丸をもらった私は特別なケーキを食べるために教室に残った。アキラは何も言わずに帰ったが、その表情が頭から離れなかった。ケーキを食べ終わり、私は帰り支度をしていた。その時、教室のドアがゆっくりと開いた。

振り返ると、そこにはアキラが立っていた。彼の目は冷たく光っていた。

「おめでとう、マコト君」

アキラは静かに言った。その声には、かすかな怒りが含まれていた。

「君が花丸をもらったんだね。僕も君の絵、素晴らしいと思ったよ」

彼の言葉に、私は背筋が寒くなった。何かがおかしい。アキラの目には、何か得体の知れないものが宿っているように感じた。

「ありがとう、アキラ」

私はそう言って教室を出ようとしたが、アキラが私の腕を掴んだ。その力は強く、私は驚いて立ち止まった。

「僕も、花丸が欲しかったんだ」

アキラの声は低く、冷たかった。私は何も言えず、ただ彼を見つめていた。その時、アキラの口元に薄笑いが浮かんだ。

「でも、まあいいさ。また来月があるからね」

彼はそう言って手を離し、笑顔を作った。その笑顔が、どこか歪んで見えた。

その夜、私は不安な気持ちで眠りについた。次の日、学校に行くと、クラスメートたちがざわめいていた。何が起こったのか尋ねると、アキラが行方不明だという話を聞かされた。彼は前日の夜、家を出たまま戻ってこなかったという。

数日後、アキラは学校の裏庭で見つかった。彼は意識不明の状態で倒れており、周りには無数の花びらが散らばっていた。彼の手には、一枚の紙が握られていた。そこには、大きな「花丸」が描かれていた。

アキラはそのまま意識を取り戻すことはなく、病院に運ばれた。私は彼のことが気になり、病院に見舞いに行った。彼の顔は青白く、目は閉じられたままだった。私は彼の手を握り、静かに祈った。

その時、アキラの目がゆっくりと開いた。彼の目は虚ろで、私を見つめるように見えた。そして、彼の口がかすかに動き、何かを呟いた。

「花丸…」

その言葉に、私は恐怖で身震いした。アキラの目が再び閉じられ、静かになった。その後、彼は再び目を覚ますことはなかった。

あの日の出来事が、今でも私の心に深い影を落としている。花丸をもらった喜びは消え去り、代わりに恐怖が私を支配している。アキラの最後の言葉が、今でも耳に残っている。

「花丸…」

あの時、彼が何を感じていたのか、私には知るすべがない。ただ、あの花丸が私たちの運命を狂わせたのは確かだった。私は今でも花丸の日を思い出すたびに、心の中で震えている。

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