ゆっくり来る

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東京のビル街で働く私は、毎日が忙しく、休憩の時間もほとんど取れなかった。オフィスの中はいつも忙しさに満ちていて、同僚たちも皆、同じように疲れた顔をしていた。そんな日々の中で、唯一の癒しの場所がビルの屋上だった。

昼休みになると、私はよく屋上に上がり、街の景色を眺めながら一人で過ごすのが好きだった。高層ビルが立ち並ぶ中、空を見上げると少しだけ心が落ち着いた。空気は少しひんやりとしていて、オフィスの中とは違う静けさが広がっていた。

ある日、いつものように屋上で昼食をとっていると、ふと遠くのビルの屋上に何かが見えた。人影のようだったが、動かずにじっと立っているように見えた。私は目を凝らしてその影を見つめた。遠すぎて顔までは見えなかったが、確かに誰かがそこにいた。

「誰だろう…?」

私は不思議に思いながらも、特に気にせずに昼食を続けた。その日はそれで終わり、仕事に戻った。

次の日も同じように屋上に上がると、再びあの人影が見えた。今度は少し近づいているように感じた。私は少し不安になりながらも、また昼食をとり始めた。時間が過ぎるにつれて、視線が自然とその人影に向いてしまった。

「もしかして、こちらに来ている…?」

そんな考えが頭をよぎったが、まさかと思い、すぐに打ち消した。しかし、それからというもの、その人影が気になって仕方がなくなった。毎日屋上に上がるたびに、その影は少しずつ近づいてきているように見えた。最初は遠くのビルの屋上にいた人影が、次第に隣のビルの屋上に移動してきているようだった。

「ゆっくり来る…」

私はそう感じながらも、何もできなかった。日に日にその影がこちらに近づいているようで、私は次第に恐怖を感じ始めた。影はゆっくりと動いているが、確実にこちらに向かっている。

ある日、仕事が終わった後、私は耐えきれずにビルの管理人に相談することにした。管理人は年配の男性で、ビルの隅々まで知っているという自負があった。私は彼に、屋上から見える人影のことを話した。

「屋上に人がいるんです。毎日少しずつ近づいてきているように見えるんです。あれは何なんでしょうか?」

管理人は私の話を聞いて少し考え込んだ。

「うーん、そんな話は聞いたことがないな。でも、念のため確認してみるよ」

その夜、私は家に帰り、少し安心した気持ちで眠りについた。次の日、管理人が私のところに来て、ビルの屋上を調べたが、何もおかしいところは見つからなかったと言った。

「多分、気のせいだよ。疲れているんじゃないか?」

そう言われ、私は少し安心したが、完全に不安が消えたわけではなかった。

それから数日後、私は再び屋上に上がった。昼休みの時間は私にとって唯一のリラックスできるひとときだった。空を見上げ、深呼吸をしていると、再び視線が引き寄せられた。

今度はすぐ隣のビルの屋上に、その影がいた。影は動かず、じっとこちらを見つめているように感じた。私は恐怖で動けなくなり、その場に立ち尽くしていた。

「来ている…」

私はつぶやき、ゆっくりと後ずさった。影がこちらに向かって動き出したように見えた。私は恐怖で屋上を駆け下り、オフィスに戻った。心臓が激しく鼓動し、汗が額を伝っていた。

その日の午後、私はどうしても仕事に集中できなかった。影のことが頭から離れず、何度も窓の外を確認した。何も見えなかったが、あの影がどこかに潜んでいるような気がしてならなかった。

仕事が終わり、私は早々にビルを出た。通りを歩きながら、何度も後ろを振り返ったが、誰もついてきていない。家に帰り、ドアを閉めて鍵をかけ、ようやく安堵のため息をついた。

その夜、私は夢を見た。ビルの屋上で、あの影が私の方に向かって歩いてくる夢だ。影はゆっくりと、しかし確実に近づいてきた。私は動けず、ただその場に立ち尽くしていた。

目が覚めると、全身に冷たい汗をかいていた。夢の中の影が、現実に現れるのではないかという恐怖が私を襲った。

あの影が何だったのか、そしてなぜ私の方に来ていたのか、答えは分からない。ただ、あの日感じた恐怖が今も私を支配している。ビルの屋上に立つたびに、あの影が再び現れるのではないかという思いが、私の心を暗く染めているのだ。

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