狐の顔

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これは、僕が大学生の頃に体験した話だ。その日はいつもと変わらず、授業を終えて図書館で少し勉強をしてから帰ろうと思っていた。図書館は夜遅くまで開いているので、家に帰る前のひとときをそこで過ごすのが好きだった。

その日の図書館は比較的空いていて、静かな雰囲気が広がっていた。僕はお気に入りの角の席に座り、課題に取り組んでいた。ふとした瞬間、目の前のテーブルに誰かが座っていることに気がついた。

見ると、そこには一人の男性が座っていた。年齢は僕と同じくらいだろうか。特徴的な顔立ちをしていたが、何よりも目を引いたのはその顔の雰囲気だった。彼の顔はどこか狐のように見えた。鋭い目つき、尖った顎、そして微笑みを浮かべているような口元。まるで狐のお面を被っているかのような顔立ちだった。

彼は僕の視線に気づいたのか、微笑んで軽く頷いた。僕も返事をするように頷き返したが、どこか居心地の悪さを感じた。その顔には、何か秘密を隠しているような、不気味さがあった。

その後、何度か図書館に通ううちに、彼と顔を合わせることが増えた。彼はいつも同じ席に座り、僕の方を見て微笑んでいた。次第に、僕は彼の存在に慣れていき、軽く会釈を交わすようになった。

ある日、図書館を出た後に彼が僕に声をかけてきた。「よかったら、少し話さない?」彼はそう言いながら、にこやかに微笑んだ。特に用事もなかったので、僕は頷いて彼と一緒に近くのカフェに入った。

彼の名前は田中といい、同じ大学の学生だと知った。話をするうちに、彼は意外と気さくで話しやすい人物だということが分かった。最初の狐のような印象とは違い、話してみると普通の人間らしさを感じた。

それからというもの、僕たちは時々図書館で会っては話をするようになった。特別仲が良いわけではないが、会えば自然と話が弾んだ。

しかし、ある日を境に、彼の様子が変わり始めた。彼は急に無口になり、図書館でも僕と目を合わせなくなった。何かあったのかと心配になり、話しかけてみたが、彼は「大丈夫」とだけ言って、それ以上何も話さなかった。

そして、その翌週、大学で彼が自殺したというニュースが流れた。信じられなかった。彼はいつも笑顔で、悩んでいる様子なんて全く見せていなかったのに。ニュースによると、彼は遺書を残しており、その内容には深い罪悪感が綴られていたという。

僕はその日の夜、どうしても眠れず、大学の近くを歩いていた。頭の中には彼のことがぐるぐると巡り、彼が感じていた罪悪感とは何だったのか、考えずにはいられなかった。

ふと気づくと、僕は図書館の前に立っていた。いつも通りの静かな夜だったが、何かが違っているように感じた。建物の影から、誰かがこちらを見ているような気がしたのだ。

振り返ると、そこには誰もいなかった。しかし、心のどこかで彼の視線を感じていた。あの狐のような笑顔を浮かべた顔が、頭の中に浮かんだ。

その夜、夢を見た。夢の中で僕は図書館の席に座っていて、目の前には田中がいた。彼はいつものように微笑んでいたが、その笑顔にはどこか悲しみが滲んでいた。

「ごめんなさい」

彼がそう呟いた瞬間、彼の顔がぼやけ始めた。次第に彼の顔は狐の面のように変わっていき、その目には深い哀しみが映っていた。

目が覚めると、朝になっていた。あの日以来、僕は図書館に行くことができなくなった。彼の顔を思い出すたび、何かが胸を締め付けるような気がした。彼が感じていた罪悪感は、僕にも伝わってきた。

彼が何に対して罪悪感を抱いていたのか、今でも分からない。ただ、彼の顔が狐のように見えたのは、何かを隠していたからなのかもしれない。彼の死後も、その答えは見つかっていない。

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