モザイク

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それは、数ヶ月前のことだ。僕は久しぶりに友人たちと都会に遊びに出かけた。土曜日の午後、街は人で溢れかえっていて、道行く人々の顔が次々と視界に入ってきた。僕たちはショッピングやカフェ巡りを楽しみ、夕方には少し疲れを感じていた。

「ちょっと休憩しようか」

そう言って、僕たちは人気のカフェに入った。店内も混雑していて、運良く空いていた窓際の席に座ることができた。友人たちと雑談をしながら、通りを行き交う人々をぼんやりと眺めていた。

その時、ふと奇妙なことに気づいた。通りを歩く人々の中に、ひときわ目を引く人がいた。何がそうさせたのか分からないが、その人の顔だけがぼやけて見える。まるで、テレビのモザイク処理をかけられたように、顔の輪郭がはっきりとしないのだ。

「ねえ、あの人見てみて」

友人にそう言って、僕が指差す方向を示した。しかし、友人は首を傾げるばかりで、何もおかしなことはないと言う。僕だけが見ているこの光景が、何かの錯覚なのかと不安になったが、その人は確かにモザイクがかかったように見えた。

不思議に思いながらも、そのままカフェを後にし、次の目的地へ向かうことにした。夕方のショッピングモールは、ますます人で溢れていた。人混みの中を歩きながら、僕は無意識に他の人々の顔を見ていた。

そして、再び見つけた。同じように、顔がぼやけた人が。今度は若い女性だった。彼女の顔もまた、まるでモザイクがかかったように見えた。隣を歩く友人たちは、彼女に気づいている様子もなく、話しながら先を進んでいる。僕だけがその女性の異様さに気づいていた。

何かがおかしい。僕はだんだんと不安になり、友人たちにそのことを話そうかと思ったが、どう説明していいか分からなかった。結局、そのまま黙っていた。

夜になり、僕たちは夕食を食べるためにレストランに入った。テーブルに着くと、僕は再び周囲を見渡した。レストランの中も人でいっぱいだった。誰もが楽しそうに話しているが、その中にまたモザイクのかかった人が混ざっている。

今度は、年配の男性だった。彼もまた、顔がぼやけていて、まるで存在しているのに実体がないように見えた。食事が始まると、僕は友人たちにこの話をしようと決心した。

「最近、変なことが起きてるんだ」と切り出すと、友人たちは興味深そうにこちらを見た。僕は街で見たモザイクのかかった人々の話をしたが、友人たちは信じられないといった表情を浮かべた。

「疲れてるんじゃない?」と笑われ、話題はすぐに別のことに移ってしまった。僕もそれ以上は話さなかったが、不安は消えなかった。

帰り道、電車に乗ると、車内は人でいっぱいだった。立っている人の中にも、座っている人の中にも、あのモザイクのかかった人が何人もいた。気づけば、周りの人々の半分以上がそうだった。僕は目を閉じて、深呼吸をした。これは現実なのか、それともただの幻覚なのか。

その時、ふと気づいた。自分自身の手元が、少しぼやけて見える。震える手を見つめながら、僕は息を呑んだ。まさか、自分もモザイクの中に取り込まれているのだろうか。急に息が詰まるような感覚に襲われ、電車のドアが開いた瞬間に、僕は外に飛び出した。

夜風が顔に当たり、冷静さを取り戻した。通りには人がまばらで、誰もモザイクがかかっていない。僕は深呼吸を繰り返し、現実に戻ったことを確認した。

その後、家に帰るとすぐに鏡を見た。自分の顔ははっきりと映っていた。あの日以来、街であのモザイクのかかった人々を見ることはなくなったが、あの時の不安な感覚は、いまだに心の奥底に残っている。

モザイクのかかった人々は一体何だったのか。あの日見たものが現実だったのか、幻だったのか、今でも答えは分からない。ただ、あの時の違和感だけが、確かに現実のものだったと感じる。

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